2008年12月27日土曜日

ひとりきりの晩酌

2008年12月14日日曜日

心のリハビリ(追記あり)

最終的には、時間がかかると思うのですが・・・
なかなか、心が落ち着かないままで過ごしています。

母から「赤ちゃんの前で、そんな泣いちゃダメよ」と
言われるものの、赤ちゃんこそ、これまでずっと私と
一緒にいたわけで・・

ヘタに隠そうとせず、正直に、今の気持ちを伝えて
おいたほうがいいのかなと、私は思ってるのですが
(たとえ、今は分からなくても)

涙をボロボロこぼしてると、不思議そうにみてる
娘を見ると、そう泣いてばかりいるのもな。。。

と、かえって、励まされるような感じです。

(うちの母も、泣いちゃダメとか言いつつ、私の
気持ちを察してか、授乳以外は、なるべく娘の
相手をして、私を気遣ってくれていますが・・)

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もう、新しいルチの写真が増えることもありませんし
カキカキをすることもできなくなりましたが・・・

私自身の心のリハビリをかねて、残っている写真や
動画を、少しアップしたいと思ってます。

先月は、出産で、バタバタしてて、何も記事をアップ
してなかったので、11月のところに、書く予定です。

悲しい気持ちが、完全になくなることはないかも
しれないけど、それ以上に、たくさんの思い出や
ぬくもりをもらったことを、忘れないように。

亡くなったインコちゃんのことを読みたくない方も
いらっしゃるかもしれませんが、ご勘弁くださいね。

今後、記事数は、少し増えるかもしれませんが・・

11月のところに、追記のルチ記事を
書いて、アップしたいと思います。

*表示の都合上、30日から順に表示されるので、
30日から1日に向かって、書いていきます。
(若い日付の方が、より新しい記事です)


↓をクリックしてもらうと、追記した記事が、
まとめて表示されますので、よかったらどうぞ。

11月分の記事(まとめて表示版)


なお・・・

タイトルによっては読んでもいい、という方が
いらっしゃればと思い、更新するたび、ここに
日付とタイトルをアップすることにしました↓

今後とも、記事数が多少増えるかもしれませんが、
記事の日付は、実際の日付とは、無関係ですので、
あしからず、ご了承を。


■↓が、タイトルとリンク先■(個別表示板)

11月30日「お返事るっちゃん」(動画)

11月29日「おねだりるっちゃん」(動画)

11月28日「今思うと、思い当たること

11月27日「弟とルチ

11月26日「ルチと、テテ&キキ

11月25日「父の携帯の待受の話

11月24日「一週間が経過しました

11月23日「もう一人?!の主役

11月22日「来年の年賀状について

11月21日「ルチの日光浴

11月20日「思いがけないプレゼント

11月19日「木曜日

11月18日「策略家同士

11月17日「ルチ羽

11月16日「夫とルチ

11月15日「ルチの体重

11月14日「ルチとバックの話

11月13日「ルチとリモコンの話

11月12日「ルチごま

11月11日「進め!進め!

11月10日「テテとルチ

11月9日「キキとルチ

11月8日「ルチの聴力

11月7日「森の熊さんと合いの手

11月6日「父とルチ」その1

11月5日「父とルチその2と、15回目のバースデー

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11月4日「リハビリの理由について考えました

11月3日「最後の写真撮影

11月2日「ルチが眠る場所

11月1日「るっちゃん、またね

2008年12月11日木曜日

ルチの話

もともと、ブタイウラを始めたのは、どうしても
老鳥のため、話題がワンパターンになってしまい、
「のかるて」登場回数が少ないルチを書くため・・

だったのですが、気づいたら、食べ物ブログみたいに
なってしまってましたね。大いに反省しています。


それはそうと・・・

↓は、大変長くなると思いますので・・・
お時間の都合がつく時にでも、ご覧ください。

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さっき「のかるて」にも書いたように・・・
ルチが、今朝、天に召されました。

ルチへの気持ちは、たぶん、日がたつにつれ、いろいろ
わいてくると思うし、最終的には時間が解決してくれる
その日まで、とても気持ちの整理なんてつかない、

とは思うのですが、たまたま、私のスケジュールを知って
いたかのように、今日は、あけてあったので・・・

赤ちゃんのお世話をしながらですが、ルチのこと、こうして
書いてみようと思った次第です。とても、うまく書けそうに
ないけど、ルチへ、ありがとうの気持ちをこめて。

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ルチが、私と出会ったのは、14歳と9ヶ月前のこと。

それまで、たくさんのインコちゃんと暮らしてきた私でしたが
本で見た「コザクラインコ」と、どうしても一緒に暮らしたくて
ほうぼうのショップを渡り歩いて、出会ったのが、ルチでした。

たくさんのインコちゃんたちと暮らしてきたということは、
たくさんのインコちゃんたちとの別れも経験してきたので、
「もう二度と、インコちゃんとは暮らさない!」と言った
時期も当然あったのですが、ルチとの出会いは、そういう
決心も揺らがせるような、そんな強烈な出会いでした。

たくさんのセキセイのヒナにまぎれて、壁にごんごんと
頭をもっていっていた、ヒナヒナだったルチ。

手を差し出すと、もわ~っと温かいぬくもりが伝わってきて
当時のお財布の全財産をはたいて(学生でしたので。^^;)
インコ育てグッツと一緒に、ルチをつれて帰ったのでした。

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今から思うと、いつも万全のお世話ができていたわけでもなく
英国へ行く時も、鳥友だちに預かってもらうなど、私以外の
いろんな人たちにお世話をしてもらってきましたし・・

意外と、環境適応能力が高そうに思えていたのですが、
その反面、かなりデリケートなところもあったので・・
毛引きで、大変だった時期もありました。
(私以上に、ルチがきつかっただろうと思います)

その後、実家に戻ってきて、私の家族とも仲良くなって・・
(成鳥になってから、数年の時間はかかりましたが、
あそこまで父に懐いてくれて、本当に感謝しています)

すっかり実家の一員となり、もう10年近くになってました。

時が過ぎるのは、本当に早いものだねと、両親とも泣きながら
そんな話をしてしまうほど、過ぎてしまえば何でもそうだけど
あっという間、そういうものかもしれません。

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それでも、前向いて必死に毎日を生きる、ルチには、
いろんな意味で励まされてきたし、誰にもいえない
内緒話から、恋の相談まで・・・

本当に、たくさんの事を聞いてもらってきたのだなと
今改めて、思っています。

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昨日は、本当に元気だったし、食欲も旺盛だったので、
今朝起きたことが、まだ信じられないのですが・・・
(信じたくないのですが)

よくよく家族の話を総合すると、数週間前から、目が
悪化した事で、強いストレスを感じていたようでしたし

(しっかり抱っこしてないと、不安そうな表情をする事も
増えていたので、急激に目が悪化したせいもあるかもね、
家族では、いつもそんな話をするようになってましたし)

寒さに、極端に弱くなってきていたので、かえって、
この時期には温かい日が続くと、次に気温が下がった
だけでかえって、体調を崩すようなこともあったのですが

もっと、何か手が打てなかったのか・・・
本当に悔やんでも悔やみきれません。

症状からいっても、年齢も年齢なので、老衰かもしれませんし
(心配していた、肺炎等は、起こすことはなかったのですが)
何か手を打てても、ずっと永久に生きててくれる訳でもない
ですが、今はまだ、ルチにもっとやれることがあったのでは
ないかと、やっぱりそんなことを思ってしまいます。

あまりに突然に逝っちゃうなんて、ひどいよ。
なんで教えてくれなかったの?

って、いろいろ聞きたいことがたくさんあるんですが、
うちの母が言うように、私を悲しませない為、赤ちゃんの
お世話が忙しい、今の時期を選んでくれたかもしれませんし

私が実家にいる間に、旅立つことを選択したのかもしれません。

朝、まだ、温かい、でも目を閉じたままのルチを、しばらく
ずーっと抱いていたのですが、本当に寝てるだけのようで、
今にも「続きのカキカキしてっぴ」って、言いそうで…

死に顔は、とても、やわらかく、笑ったままの、まるで
カキカキしたあとの満足したような顔だったことは、
私を、少しほっとさせてくれましたが、やっぱりまだ
とても頭が状況を理解してくれそうにありません。

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父も、ガックリと肩を落としたままですが・・・
(母も、今朝から何度も涙したままですが)

父が「天国でも、るっちゃんらしく、ワガママに
やってちょうだいね」と、語りかけ、母も・・
「るっちゃん、長い間、本当にありがとう」
と、夫も、弟も、みんなみんな号泣。

るっちゃんは、私たちの思いを、どう聞いてるのかな?

ここまで家族の心に、しっかり住んでいてくれてる、
ルチなので、家族それぞれの気持ちも、それ相応に
ルチに、どういう形であれ、伝わってるといいな

そう思っています。

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書いてるのに、何書いているのか、わからなくなりました。
あとでみて、あわてて消してしまうかもしれません。

でも、今の気持ちを、PCに向かうことで、少しはルチに
伝えられたらと思うので、そのままアップしようと思います。


また、だらだらと、名残惜しく書いてしまうかもしれませんが
ひとまず、このへんで、一区切りつけたいと思います。

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最後に・・・

ずっと念願だった、赤ちゃんとルチを、
少し前に、対面させました。

以前、動物病院の先生とも相談してたこともあり
対面させるのは、赤ちゃんに免疫が、いくらか
できてからにしようと、思っていたのですが…

生きてるうちに、会わせてあげられたらよかった
と、それも、やっぱり後悔の種の一つです。

(父も、るっちゃんを埋葬する時・・・
「ルチは、赤ちゃんと仲良くできると思ってから、
余計に残念かね~」と、ぽつりとこぼしてました)

こういう形で、赤ちゃんとルチを会わせても・・

赤ちゃんの記憶には、たぶん、残らないだろうし、
単に、私のワガママなのかもしれないけど・・・

それでも何か、少しでも感じ取ってもらえたら
嬉しいし、いつか、赤ちゃんにも「ルチ」との
思い出を、話してあげられたら、と思います。


皆様には、ルチのこと気にかけていただいて
これまで、本当にありがとうございました。

もっともっと長く生きて欲しかったけど・・・

こんなにたくさんの人に愛され、大事にされた
インコを私は他に知りません。

ルチに直接聞くことはできないけど・・・
幸せだったかな?だったら、いいな。

何を書いてるのか、ますます分からなくなりましたが、
しかも、かなり長々、だらだら書いてしまいましたが

皆様へ、心より感謝の気持ちをこめまして。
ルチのこと、ありがとうございました。

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↓は、数日前のルチ


白内障のため、目が白っぽくなってますが・・

すごく穏やかで、安心してる顔だったので、
載せることにしました。

いつも、こんな笑顔をみせてくれて、
るっちゃん、今まで本当にありがとう。

2008年11月30日日曜日

お返事るっちゃん

私の声が入っているので、アップするのは
やめていたんですが・・・

今年の春ごろの動画です。








↑で、動画が見れない場合はコチラ動画はこちらへ

若い頃に比べると、鳴くことも減ってしまって
いたのですが、私が話しかけると、たいてい、
こんなふうに返事をしてくれていました。

いや、いつも、返事をしてくれるわけでも
なく、カキカキしたら、してくれる・・・

そんな気分やさんでも、あったのですが。

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そんなに年寄りでもないつもりの私ですが、
こうやって、動画をとっておくことで、今も
ルチの声を聞くことができて、よかった。

と、思います。

2008年11月29日土曜日

おねだりるっちゃん

しつこいようですが・・・
(しつこいでしょうが・・・)

動画を、もう一つ、いえ、もう二つ。

カキカキしてっぴ!という、おねだりの演説をする
るっちゃんと、カキカキをしてもらう、るっちゃん
計二本立て(?)です。

よかったら、ご覧下さい。

■一本目








↑で、動画が見れない場合はコチラ動画はこちらへ


■二本目








↑で、動画が見れない場合はコチラ動画はこちらへ

2008年11月28日金曜日

今思うと、思い当たること

元気だったのに、急な話だったと、書いてますが・・

過ぎてしまって、今思い返すと、いろいろ思い当たる
部分もあるもので、過ぎてしまって、ようやく気づく
というのも、切ないものなんだなって、思います。

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私は臨月の為、一緒に行けませんでしたが・・

夫に、秋の健康診断へ連れて行ってもらった時も
白内障については、猛烈にショックだったけど…
(わかっていても、私がうろたえました)

それ以外、健康だし、白内障になった事が致命傷に
なるわけではないと聞いて、その部分については、
胸をなでおろしたことを思い出します。


それからわずか二ヶ月で、まさか、こんなことに
なるなんて、想像もしてませんでしたが・・・
(想像したくもなかったのですが)

10月は、目が見えないなりに、元気だったものの、
11月に入るあたりで、目が急激に悪くなったようで
何をしてても、落ち着かない様子というのか・・・

ルチが、不安そうな顔をしてる時間が増えたのを、
出産前後の私は、すごく気になってました。

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そして、出産直前。

臨月の検診のとき、「子宮口3センチ開いてますけど
そのまま入院されますか?少しなら外出できそうなので
少し外に出てきますか?」と、お医者さんに言われた時
(すでに10分間間隔の陣痛が来てました)

家に戻って待機ではなく、当然のように、実家に来た私。

理由は「ルチのカキカキが、しばらくできないから」
というのが、一番の理由でした(苦笑)

痛みの波が来るたび「ううぅ~」と、耐えながら、
手にはルチを抱っこしカキカキする姿は、たぶん、
相当、奇妙だったでしょうね(^_^;


今思えば、ルチと本当の意味でゆっくり過ごせたのは、
そのときが最後になってしまったし(結局、夕方まで
実家で過ごしたので、かなり長い時間一緒でした)

その時点で、たぶん、かなり見えなくなっていたと思う
けど、目の動きからいっても、私の姿が見えた最後は、
出産直前のその日だったのではないかと思います。


本当に痛かったので、後日「そのまま入院してれば
よかったよね」と、夫と話をしてたんですが・・・

今思うと、いったん、実家に帰ってて、よかった。
ルチが、私の姿をみて、甘えてくれたのをみれて
本当によかったと、今は思っています。

そう考えると、出産直前を実家で過ごそうと思ったのも
うまい取り計らいができてる話だったのかもしれません。

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そして、出産&退院後。

入院中も、毎日のように見舞いに来る、両親にくどいほど
「ルチはどう?変わりない?」って聞いていたのですが

そのときは、やっぱり元気でしたし、退院後一週間位は
ルチの様子に大きく変わったところはなかったのですが
目の中の白い部分が、拡大し、濃くなっていました。

ルチにとって、慣れた場所であっても、足取りが怪しい
事も多くなりましたし、今振り返ると、私の想像以上に、
見えてなかったかもしれません。


その代わり、音に敏感になっていたようで・・・

足音が聞こえただけでも、誰か分かってたようですし、
声がすると、いてもたってもいられず、そちらの方向
へ、テケテケ、歩いていっていたものです。

(ここ数年、脚力が弱り、立つのもやっとという時期も
ありましたが、最近は、脚力はしっかりしたものでした)

人間も、どこか不自由になると、どこかがその代わりを
するように、感性が増してくるらしいと聞いてましたが

ルチの場合も、やっぱりそうなのかなとか、そんな事を
思いながら、大事に見守っていたつもりでしたが・・・


今になって思うと、あの落ち着きのなさは、目の問題
ではなく、何か、思うところがあったのかもしれない

今になって、そんなことを思ったりしています。

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いろいろ思うことがありすぎるのですが・・・

白内障になったときも、その前に、神経痛が出たときも
結局は、一度も薬を飲まず、そういう意味でストレスを
かけなかったのは、救いなのかなぁとも思ってます。

若い頃、毛引き等で、たくさん薬を飲んでたことや、
年齢的なものからいっても、なるべく、ルチらしく
過ごしてもらいたい(入院はしたくない)など・・

私たちの意向を尊重してくださった、動物病院との
出会いも、とても意味のあるものだったと思います。

そういう先生に会えてよかった。

その時点で、余命がどのくらいか分かってなかったけど
嫌いな薬を無理に飲ませたり、手術をしたり、しなくて
よかったのではないか、とも、ふと思ったりしてます。

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ちょっと書き出すと、とまりませんね(苦笑)

途中、何度も中断しつつ書いてみてたら・・・

自分で読み直してみたら、ものすごい量に
なってしまいましたが(・・・汗)、

どうぞ、ご勘弁を。。。

2008年11月27日木曜日

弟とルチ

私が入院中、「赤ちゃんもだけど、ルチは
高齢なんだから(もっと構ってあげなきゃ)」

と、〇〇(弟)から怒られたと、
母が苦笑いしてましたが・・・

弟から見ると、初孫ができて、ヒートアップしてる
両親の気持ちを察しながらも、多少おいてきぼりを
くらってるようにみえた、ルチを思って・・・

という発言だったのだと思います(苦笑)

---------
弟は、自分から積極的に、ルチや歴代のインコズの
お世話をしてきたわけではないのですが・・・

どういうわけか、彼は、インコズにも、そして子供にも
好かれる性分らしく、ルチからも、お世話しないくせ、
結構、好かれていたのが、意外でもありました(笑)

まあ・・・

弟のインコ好きには、面倒なこと(お世話)を避けて、
おいしいところだけ…という面がないともいえませんが、
どうお世話をしていいか分からないけど、インコ、特に
ルチは大好き、という感じだったので・・

そういう面は、弟も、父も似てるなぁと思ってます(^^;

私に言わせると「もっと、お世話もやってよぉ~」って
思うこともしばしばでしたが、弟なりのやり方で、
めいっぱい、ルチを大切にしてくれていた訳ですし

それは、ルチにも通じてたのか、思い出したように、
弟に甘えてみたり、仲良くできていたので・・・

そういう意味じゃ相思相愛だったのかもしれません。

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ルチとお別れして、数日が経過した、
今はどうかわかりませんが・・・

ここ数年の弟の携帯の待受画面は、ずっーとルチで、
写真撮影のため、携帯片手におっかけられるルチの
迷惑そうな顔を、昨日のことのように思い出します。

ルチにとっては、それは、嬉しいというより、
カメラ嫌いだったので、迷惑だったのかな^^


話は、少しそれますが・・・

数年前、父が病気になったとき、激しく動揺した私に
「じたばたしても仕方ないよ」と、どんと構えてる、
落ち着いた様子の、弟の姿があって・・・

「あ、弟も大人になってたんだな」と姉として、
ふとそんなことを思う、一幕もあったのだけど

今回のルチのことは、弟にとっても、急な話だった分
ショックだったようで、ルチとのお別れの日の夜、
弟の目は、うっすらと赤くなっていました。


いつもクールなことが多い、弟の涙を、天国のルチは
どう思ってみてたのかな、と、そんなことを思ったり。

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ルチと家族との、それぞれの思い出を、書ききれないほど
思い出せることじたい、大切な財産なのかもしれないな

そんなことも思う、私なのでした。

2008年11月26日水曜日

父の携帯の待受の話

父とルチとのエピソードは、結構あるので
いくつか分けて書く予定ですが・・・
(しつこくてすいませんっ)

今回は、携帯の待受画面の話です。

↓は、切れちゃってますが・・・
嬉し顔のルチ(一年半前の分)


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父の携帯の待受画面も、弟同様、ずっとルチ
だったけど、弟と違ってたのはルチだけでなく、
私が、手でルチを抱っこしてる写真だったこと。

それって、私くらいの年になると・・・

嬉しいより、恥ずかしいから、ルチだけのにしてよ、
とか、よくそんな話をしていたものです。

まぁ、娘かわいさ、というより、たぶん、私に抱っこ
されてる方が、ルチ自身リラックスした顔で、写真を
撮らせてくれてたからだと思いますが・・

今となっては、撮影料(?)は、うーんとサービスして、
もっと、撮ってもらえばよかったかな、とも思ってます。

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そんな父の携帯の待受が、今どうなってるのか?
最近は、全然みてないんですが…

それが、ルチじゃなくなってたら、やっぱり、
すごく寂しい気もするかもしれないけど…

ルチのお別れ以前に、初孫(わたしたちの赤ちゃん)が
生まれたので「今はお孫ちゃん」と思って変えてても
何の不思議もないだろうし・・・

今のところ、それは確認しない方がいいのかも(苦笑)

---------

父は、ルチと赤ちゃんが、仲良くするのを
とても楽しみにしててくれていたので・・

赤ちゃんとルチを、早いところ、一緒に写せばよかったな、
もう、どうしようもない話だけど、やっぱり、そのことを
今も、少し悔いているところです。

とはいっても、赤ちゃんが自分の意思で、ルチを抱っこ
するには、ずいぶん時間が必要なので「仲良く」という
イメージには、程遠かったかもしれないとしても、です。


過ぎてしまって、でも、どうしようもないことを後悔しても、
仕方ないと、普通は、きっぱり、そう考える方だけど・・・

こういうことは、なかなか、すぱっと割り切れない、
案外、そういうものなのかもしれません。

ルチと、テテ&キキ

そういえば、テテ&キキが実家生活を始めてから
数日がたった位から、互いに呼び鳴きするように
なっていたようです。

ルチが呼ぶのではなく、ルチが鳴いてたら、
テテ&キキも、便乗(?)するみたいに
鳴いていたらしいので・・・

私の自分勝手な想像ですが、ルチが「るっちゃんは、
お外に出てるっぴよ~」って、鳴いてるのを聞いて
テテ&キキも「あたちも~!僕も~!」という・・

そんな感じだったのかなぁと、思ったりしてます。


ルチにとっては、お邪魔虫にみえることもあったかも
しれませんが、やはり、そこは同じ小鳥たちですもん。

ルチと、テテ&キキの間には、何か「会話」みたいな
やりとりが、日々行われてたかもしれません。

---------
以前読んだ、インコ本には・・・

「インコは、悲しいという感情にはドライだけど、不安
には、かなり敏感」と書かれてたのを、覚えてますが、

真意のほどは、さておき、ルチとのお別れの日、そして
その数日くらいは、特に、それ以外に思い当たる理由も
なかったのに、テテ&キキが・・・

猛烈に、気がたってました。

確かに、悲しいという以前に「いつも聞こえる
ルチ兄ちゃんの声がしない…どうしたっぴ?」
と言った感情かもしれませんが

私や夫は、そんなテテ&キキに、よりいっそう
胸を打たれたのでありました。

--------

ルチは、テテ&キキから呼ばれても、たいてい、
こんな風に↓「無関心」を装うルチでしたが…



人気者であることは、ルチの生きがいだったもの。
たぶん、悪い気はしてなかったんじゃないかな。

と、今になって思う、お世話係です。

---------
余談ですが・・・

ルチに会いたければ、PCのところにくれば、
本物じゃないけど、写真も動画も見れる・・

そういう意味で、いい時代になったものですね。

ただ、動画は、外野さん(テテ&キキ)が、ルチの
鳴き声に大きく反応するので、あまり、ルチの声が
聞こえないのが、玉に瑕ですが(^^;


ルチに対する、いろんな後悔の分を、少しでもテテ&
キキのお世話に活かせるよう、心がけたいものだなと
そんなことを思っています。

2008年11月24日月曜日

一週間が経過しました

しんみりした話かもしれません。それで
よろしければ、読んでやって下さいませ。

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ルチとの、お別れの朝から、一週間が経過しました。
(表示の日付とは異なりますが、ご了承ください)

長かったような、あっという間だったような、
思い返しても、なんだか変な感じです。

その間、たくさんの人たちに励まされ、助けられ、
少しずつ、何か心の塊がとけかかってきてますが、
本当のところで「これでよかったのかもしれない」
と思うのには、時間がかかるような気がします。

でも、それでいいのだと思うと、少しだけ楽になれる
気もしたり。時間という、薬が一番効果的かもです。

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赤ちゃんは、日に日に大きくなっていて・・・

悲しいとか、懐かしいとか、うっとりと、思い出に
浸りたくても、浸れない、そんな日々が続いてますが

何と言うのか・・・

ご縁あって、私の元へやってきてくれたインコズも
赤ちゃんも、何か通じ合うものがあるような・・・

「にやっ」と、笑って、自分の意の思うままに、私を
操作しようとするところが、みんな、よく似てて・・

(赤ちゃんが笑うのは、もう少し先と言われてますが、
偶然かもしれないけど、本当に、そんな風に見えます)

改めて、ご縁って、すごいな。ありがたいな。
そんなふうに、思ったりもしてるところです。

---------
また、相変わらず、何書いてるんだか、
さっぱり、分からなくなりましたが…

今週末に、家に戻る予定です。

帰る前に、片づける勇気がなかった、ルチハウスや
外ゴハンの場所の掃除をして帰ろうと思っています。

いつまでも、そうしてても、仕方ないのは分かってるし
いつかは、片づけてしまわなくては、いけないんだけど

なかなか、すぐには割り切れない、そんな気持ちが
やっぱり、まだまだ、あるのかもしれません。

どこかで、いつも、ルチが帰ってこれるよう、
そんな、場を残しておきたかったけど・・・

それは、ちゃんと、いつでも、心にあることを
忘れないように、したいものだと思います。

2008年11月23日日曜日

もう一人?!の主役

明日、家に戻るので、今日(12月19日)、母と、
赤ちゃんと一緒、親戚のところへ出かけてきました。

まだ生後49日の赤ちゃんの遠出も、長い外出も禁止
ですが、実家の近くの親戚を、数件はしごで・・。

もちろん、主役の赤ちゃんの話題で、場は盛り
上がりますが、ルチを知ってる方々に、御礼を
兼ねて、ご報告をすると・・・

「えっ?!いつ??」と、心配そうに聞いて下さったり・・・
「新聞にも出てたのにね(昨年の秋、地元新聞に載りました)」
「ちょっと前に伺った時は、元気そうだったのにね」
「お父さん(私の父のこと)寂しがってない?」

などなど、たくさんご心配の声をいただき・・・

たかがインコではなく、ルチは、ルチという存在だったというか
そこまで皆様に気にかけてもらえて、ほんと幸せ者だったんだな

改めて、そんなふうに思いました。

------

そういえば・・・。

年末に入り、なじみの(?)宅配便のお兄さんや、
おじさんが荷物を持ってこられるんですが・・

荷物を受け取る際、必ずといっていいほど、
「あれ?いつもの黄色の小鳥は?」と、
聞いて下さいます。

「実は・・」と、先方も忙しいだろうと、手短に
話をするんですが、皆さん、仕事の手を止めて
「残念でしたね」と、言って下さったり・・・


その場にいないのに、この世ではない世界へ行って
しまってるのに、いつでも話題の中心にいるなんて

やっぱり、ルチはすごかったんだな。

と、親馬鹿丸出しで、ありがたく思ったり、
嬉しくて、胸が熱くなったりの毎日です。


いえ、赤ちゃんも、ルチ兄ちゃんに負けじと、
赤ちゃんなりに、話題をふりまいてるんですが

年の功の分、まだまだ修行が足りないかな(^^;

---------
↑ささいな話の羅列ですが・・・

ルチの体は、天に召されてしまったけど、皆さんの
心に、しっかり居場所をもっている、そんなルチの
ことを、改めて見直すとともに・・・

親馬鹿丸出しなんですが、とても誇らしく思ったのでした。

2008年11月22日土曜日

来年の年賀状について

今年も、年賀状作成の季節になってきました。

年賀状を作成する、作業自体は、時間を要するので、
ある種の気合(?)が必要になりますが・・・

今年は家族が増えることもあり、昨年より賑やかに
できるねと、夫と、この時期を心待ちにしてました。
(作成するという生みの苦しみは、さておいて^^;

インコズが結んでくれたご縁の方々には、
インコズと、赤ちゃんと、みんな一緒に
載ってるような・・・

そんな賑やかな、お賀にしたいなと思って
いましたが、状況が変わり、さて・・・

どうしたものかと、考えています。

(考えてるより、さっさと済ませたら?
っていう、つっこみはナシでお願いします)

--------

赤ちゃんが加わったことは、この上なく嬉しいけど、
ルチがいなくなったことは、とても悲しいことで・・

テテとキキ、そして、赤ちゃんの集合年賀で
十分かもしれませんが・・・

まだ、今のところ、テテ&キキだけの、
「のかるてインコズ」を、みるのは、
抵抗があるような気がするので・・


今年のインコズ参加年賀は、
おやすみしようと思います。


私の中では・・・

今も、これからも、いつでもルチは
一緒だけど、天国にいるルチには、
年賀出演料も、支払えないし(苦笑)

(ただ載せはダメなので^^;)

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お年賀一つとっても、いろいろ思うところですが
思いにふける余裕がないところが、いいのかな。
(バタバタ過ぎる毎日なのです。涙)

そうと決めたら、さっさと取り掛からなくては。

年始に間に合うか、微妙ですが・・・
今から、がんばろうと思います^^

2008年11月21日金曜日

ルチの日光浴

別件で、写真をチェックしていたんですが・・・
少し勇気を出して、ルチ写真をみてみました。

涙、涙で、何しても涙という時期から比べると、
今は、「こんなこともあったんだな」って、
ルチがくれた、いろいろな思い出も一緒に

思い出せるようになってきた気がします。

それだけ長くいてくれたってことに、
改めて感謝しなくてはと思ったり^^

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未公開の、日光浴写真がありましたので、
こっそりココにアップしていますが・・
(撮影は、昨年初夏くらい)







意外とゴキゲンな、るっちゃん♪

フツーは、びっくりして飛んでいってしまったり、
外敵の心配もあるので、あまりこういう形での
日光浴は、お勧めできませんが・・

ルチの場合、私がしっかり抱っこした状態で、しかも、
父を外敵のガードマン(?)に抜擢した状態で・・

時々、こんなスタイルの日光浴をしておりました。

ルチは、晩年、飛べないインコだったけど・・・
窓越しではなく、こんな形で風をうけることで、
少しは、飛べてる気分になれてたかもしれません。

2008年11月20日木曜日

思いがけないプレゼント

年末年始は、実家で過ごしたのですが・・・

普段は、なかなかゆっくり会えてない弟とも
ルチの事も含め、話をする事ができました。


弟自身も、もちろん、ルチとのお別れはショックだった訳
ですが、私を気遣ってか、自分の携帯で撮った分と、父の
携帯に入ってる、写真や動画を、PCで見れるよう加工し
プレゼントしてくれました。

弟が、自分の携帯やデジカメで、ルチを撮っていたのは
知ってたけど、こんなふうに撮ってくれてたなんて・・

そう思うほど、私も見たことがないような、角度からの
ルチショットや、長回しの動画をみてると・・

目の前に、ルチが、現れたような、そんな錯覚を
覚えるほど、いきいきとしてて、思わず、画像に
釘付けになりました。

私のデジカメより、質がよかったこともあって(笑)
ルチ臭まで、漂ってくるくらい、リアルでした。


もう・・・

ルチの新しい写真は、増えないしなぁって、
しょんぼりしてたので、こんな形とはいえ、
思いがけないプレゼントに、驚くとともに

ルチが、家族に、こんなにも愛されてたんだなぁ・・
そう思うと、涙が出るほど、嬉しかったです。

(いまも、父の携帯の待ち受け画像は、ルチだったし
ずーっとルチのままじゃないかもしれないけど・・・
それをみて、ほっとしたような、そんな気持ちでした)

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ほとんどの画像は、家族の顔がしっかり映ってるので
アップできませんが・・・

「るっちゃん、よくこんなことしてたよね」って、
家族で苦笑いしてしまったのが、↓の写真。
(昨年の初夏頃の写真です)


「領収証は、るっちゃんがチェックするっぴ♪」

父が、領収証をみようとすると、わざと(に見える)
邪魔して、見えないようにしたり・・

父が「るっちゃん」って、怒ってみせると、紙の
端を、カジカジして、ルチマークつけて、さらに
怒られてしまってたね(本気じゃないですけどね)

って、そんな話。

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時間は、決して戻せないけど・・・

写真や動画をみてると、ルチと過ごした宝物のような
時間を思い出すことができて、ありがたいことだなぁ

そんなことを思った、年末年始だったのでした。

2008年11月19日水曜日

木曜日

タイトルが、意味不明かもしれませんが・・・

私は、曜日の中で、どの日が一番好き?と聞かれると
季節同様、答えに迷うけど、選ぶとすれば「木曜日」
と、答えてきました。

理由は、いろいろあるけど、フツーの日で、穏やかに
過ごせることが多くて、「木曜」という字が、一番
安らかにみえるから。
(私の生まれは、木曜ではありませんが・・)

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もう、解散してしまったけど、大好きなアーティストの
ピチカートファイブに「優しい木曜日」という曲があります。

歌そのものの話はさておき、メロディーが好きだった
こともあり、10年以上前も、よくルチと聞いてました。

正確には、ルチと聞いていたというより、私の好きな
歌を、好みにかかわらず、ルチが聞かされていた・・

ということになるんでしょうが、何度もCDを流してた
せいか、歌の合間に「拍子」を入れるように鳴いたり
(そんな拍子が似合う曲ではないんですが^^;)

車に乗って、興奮してしまった時に、この曲や
ピチカートファイブの曲を聞かせると、少し
落ち着いていたことを思い出します。


だから、ルチが亡くなった日が、木曜だったり、
大好きなピチカートファイブの曲も聞けなかったり

そんな日が続いていたんですが・・・

先日、思い切って、優しい木曜日をはじめ、ピチカートの
曲を聴いて、歌って、涙して、少しスッキリしました。


もう大丈夫と、思ってるし、大丈夫なんだけど
いろんな思い出を、少しずつ、取り出して整理
するって、こういうことかもしれないな。。。

そんなことを思ったり、しています。

2008年11月18日火曜日

策略家同士

生後二ヶ月の赤ちゃんは、泣いて、自分の要求を
私達に伝えます。泣くといっても、泣き方も様々。

何となく、アレかな?コレかな?と、少しずつ
泣いてる意味が分かりかけてきた、今日この頃。

でも、よくよく赤ちゃんを観察してると・・・

(まだ、言葉でのコミュニケーションが取れないので
とにかく観察し、情報をキャッチして、お世話をする
というスタンスは、赤ちゃんもインコズも、同じかも)

決して、ムダには泣かないということ。

私の動向を見ながら、イメージだと、私をちら見しつつ
今、どう泣いたら、ママを自分の意図通り動かせるか?
という感じで、泣いてることに気づきました。

これって・・・・

まさしく、ルチ式、と、夫と爆笑(^_^;

テテとキキは、素直な性格なのか(テテは、違うかな?苦笑)
こういう泣き方はせず、自分の感情に素直に泣き、私達が
反応してくれるのを期待する、そんな感じなんですが・・

ルチは、鳴いてるときに、ちょっと部屋から出ようとすると
(一応「ママ、すぐ戻るからね」って声はかけてましたが)
「行かないでっぴぃ~!」って、そりゃ悲しそうに鳴くんです。

でも、部屋のドアを閉めると、鳴きやんでることも多かったし

かと思うと、部屋に入ろうと、ドアノブに手を掛けた辺りから
「これまで、何日も、ぶっ通して鳴いてました!!」って・・
すごい大声で、寂しかったと、強烈にアピールしてましたもん


赤ちゃんに、ルチの思い出を押し付ける気もないし、
ルチはルチ、赤ちゃんは、赤ちゃんなんだけど・・

どことなく、お二方は、何か通じ合ってるような、
時々、ふいに、そんな事を感じたりしています。

すごく不思議な感覚なんだけど、何なんだろうな。

「赤ちゃんにも教えてあげたけど、ママの
操作術なんて、ちょろいもんだったっぴ!」

とか、思われてたりしてたのかしら(^^;

赤ちゃんは、生まれながらの策略家と言う人もいますが、
まさしく、ルチも、そういう類のインコちゃんだったの
ではないかな、と思ったりしています。

のかるて国の大事な基準

先日、出産騒動(?)のため、大幅に遅れてた、
11月生まれの父の誕生日プレゼントを買う為
出かけてきました。

もっと早くプレゼントしたかったけど、なかなか
私の体が空かず、気づいたら、年も変わっていた
というお粗末さでしたが、何とか、希望の品が
見つかって、父も喜んでくれて、よかったです。


で、今回プレゼントしたのは、バックなんですが

父にあらかじめリサーチしてたものの、お店に出向いた際、
やっぱり、幾つかの候補の中で悩んだしまったので・・・

父に「で、色は、こんな感じはどう?」とか、
聞くと、父の返事には必ずといっていいほど

「前に、るっちゃんがカミカミしてた、
あのバックと同じ色」と、そんな感じで。

記憶や、ものの形容を、伝える際には、ルチの大きさや
色、そして、ルチが気に入ってたかどうか等々・・・

今でも、思い出話だけじゃなく、しっかり「のかるて国
の基準」になってるのがすごいというか、おかしい位で

ルチも天国で、この会話聞いたら、笑ってくれてるかも、
と、そんな事を思いながら、父の話を聞いてました。

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「天国にいても存在感たっぷりだっぴよ」

2008年11月17日月曜日

ルチ羽

長年一緒にいたこともあり、本棚の本のすみっこが
ガジガジされ(してもらって)ルチマークがついていたり・・・

(*ルチマーク=ルチが齧って、ギザギザになったもの)

そんな本の間に、小さな小さな、ルチ羽(うぶ毛も)が
挟まってたり、入ってることが、あります。

こっそりと、でも、しっかりと、生きていた証のような
そんなことを、ふと感じる瞬間ですが、小さくて、淡い
黄色や、ピンクの羽が、あるだけで・・・

何か、肩の力が、ふっと抜けていくような気がします。


何と言うか、羽であって、ただの羽ではないような・・・

どこにという訳ではないけど、どこかの時間軸へ
タイムスリップしてしまうような、変な感覚です(^^;

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小さな小さな羽まで、熱心に、とってある、お世話係りさんも
たくさんいらっしゃるようですが、お世話係りさんが悪かった
というか、私の場合、気持ちはあっても、そんなに小さな羽は

あんまりとっておらず。。。(ごめん)

比較的大きな羽のみ、ビンに入れて保管してたものがあったので
以前も、ブタイウラに、キキの羽の分を載せましたが・・・
ルチの分も、こんな感じ↓でアルバムに貼っています。


(光が思いっきり反射してますが^^;)

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以前も、このことは、書いてますが・・・

どういう訳か、テテや、キキの羽は、
時間がたっても、日に当たっても
極端に色が変わるという事はないけど・・・

(多少、色が薄れる感じはあるけど)

ルチの羽は、光にあたったまま、しばらくおいて
おくと、すぐ色が白っぽくさめてしまうんです。

ビンに詰めておいたものが、ルチのだけ、うすーく
なってて、毎回、とてもそれが疑問でした。

さて、どうしてなんでしょう???

しかも、生きてる間は、いくら日光浴したとしても、
さめる事がない羽の色が、どうして体から離れると

色がさめてしまうのか・・・・???

と、羽の世界(?)だけとってみても、
不思議がいっぱいなんだと、思います。

いつか、この疑問が解ける日が来るといいな。

2008年11月16日日曜日

夫とルチ

毎度のことながら、長くなりそうですが・・・

夫は、ルチと会う前に、たくさんルチのことを知ってました。
というのも、当初、夫とは遠距離だったけど、実際にルチに
会う前、毎日のように、私から、ルチ話を、聞いていたから。

それまで、全くインコ歴はなかった夫でしたが・・・

毎日毎日、鼻息荒く話し続ける私に、たぶん、多少呆れてた
かもしれませんが、どれだけ、ルチを、大切に思っていたか、
当時から、しっかり理解してくれていたのだと思います。

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時は流れ、夫が、結婚のため佐賀に越してきてくれてから、
ようやく、生ルチと、対面を果たす事になったんですが・・・

もちろん、ルチにも、夫の存在は話していたものの・・・

ルチにしてみれば、私を連れて行く、悪いやつという印象
だったようで、来客には、比較的フレンドリーな、ルチが、
夫には、妙に、敵対心を持ってる様子というのか・・・

「ママは、渡さないっぴ!」って態度だったんです。

やっぱり、ルチは、すごいなと思ったけど(夫、ごめん)
そういう訳にもいかないので、じわじわと、時間をかけ
ルチと夫の距離を縮めてもらうことにしました。

そうですねぇ、数年は、かかりましたよ~(笑)

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結局は、ルチは、ルチなりに考えたようで
私や父が、目の前にいないときなどは・・・

「ノブ(夫のこと)しかいないなら、今は、
ノブの相手をしてやるっぴぃ~」って態度で

渋々、夫の相手をしてくれるようになりましたし

(渋々とは書いてますが、その割には、ルチもしっぽを
ぷるっと震わせたり等、結構、ゴキゲンでしたけど^^;)

父にも、ほとんどさせてくれてなかった、カキカキも
晩年は、夫には、させてくれるようになっていました。

夫の腕がよかったからか?いや、きっと、
私のカキカキ指導がよかったのね(笑)

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↓は、そんな昨年秋のヒトコマ。

いろいろ、難癖はつけてるそぶりのルチでしたが、
夫しかいないと分かると、態度が、急変・・・。

「るっちゃん、一人(一羽)はイヤだっぴ。おまえ(夫)
しかいないなら、おまえの手の中で、お昼寝するっぴ!」
って態度で、お昼寝中の写真です(笑)



もちろん、この写真を撮っているのは、
こっそり近づいてきた、私(^_^;

写真と、私の気配に気づいた、るっちゃん。



ちょっと寝起きで、ぼーっとしながら・・

「ママぁ、おはよう♪」って顔で、こっちをみています。
にっこりするところが、お世話係りのツボ命中。さすが。



このあとの、ルチ。

「さっきは、ママがいなくて、寂しかったっぴ
仕方ないから、ノブの相手をしてやってたけど

ママ、帰ってきたなら、ノブに用はないっぴよ。
さ、ノブ、さっさとオレ様を手から降ろすっぴ」

と、相変わらず、殿様的な、態度でした(苦笑)

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そんなこんなだったんですが・・・

私からみてて、ルチも、ルチなりに、夫を
大好きになってくれてたみたいだったし・・・

(そんなお二方のやりとりをみてるのが、好きでした)

夫も、ルチに、最大級の敬意を表してくれていて、
私は、その双方にとても恵まれていたんだなぁって

今も、強くそう思っています。


夫が、私がルチを大切に思う気持ちを、いつも
最大限に尊重してくれる人でよかった。

そして、夫自身が、ルチの為、たくさんの時間を
ささげてくれたこと、涙してくれたことに・・・

ルチに代わって・・・

ありがとうと、伝えたいと思っています。

---

と書いたものの、日頃は、あまり、
こんなこと↑口にしないので・・

少々、照れくささもありますが・・

たぶん、ブタイウラを更新したよ!って
言わないと、更新したことに、夫は
気づいてないと思うので・・・

こっそり、そのままアップ
しておこうと思います(笑)

2008年11月15日土曜日

ルチの体重

ちょっとしんみり話も書いてます。
よかったら、お読みくださいませ。

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若い頃から、ルチは、ちょっと小柄なインコでした。

だいたい、コザクラインコだと、平均が50g前後と
言われてますが、ルチの場合、生まれて、数年の間は、
47gくらい。その後は、45gくらいになり・・・

亡くなる数年前からは、だいたい40~42g位でした。

当時、今より、もっと情報が少なかったし、1g単位で
計れるスケールも今ほど、手頃な価格ではなかったので

お恥ずかしいながら、結構アバウトに体重測定してて
↑の数値が、正しいかも、少々自信ナシですが・・

おおむね、こんな感じだったのではないかと思います。

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前に書いたことがありますが・・

ルチは、生まれて4年目くらいから、毛引きの症状があり
それが加速すると、食べるどころでは、なかったようで
一時的に体重が落ちることがよくあったのですが・・・

人間も、年をとると、多少体重が落ちる人が多いように
インコちゃんも、そういう傾向があるんだよと、当時の
動物病院の先生から、言われたことを思い出します。

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なぜ、↑の話を書いたかというと・・・

のかるて国では「ルチノート」と言われてた体重や
その他もろもろの変化を記録した、ノートを・・・

ルチが亡くなって以来、久々、開けてみたから。

↓は、その一部。

(このページは、一昨年から、父に記録を
依頼してたので、父が、記録したものです)

このページだけ見ると・・・

「まぁ、じじ様、熱心に計ってくださってるのね」って
言って下さる方もいらっしゃるかもしれませんが・・・

あくまで、目安の一つでしかない体重とはいえ、
何かあった時、重要なシグナルの一つになるかも

と思ってたので、父には・・

「体重は毎日計ってね。記録してね。ルチは、脂肪等の
ストックがないので、体重が落ちたら、すぐ連絡してね」

と伝えてあったので、計った際、体重が41gになってたら
気が気ではなかったようで、そんな日だけ、一日に何度も
計ってるみたい(だなぁと、後日気づきました^_^;)

といっても、毎日、体重を計る時間は、結構バラバラ。
時には、計り忘れる日だって、あった訳ですが・・・

几帳面にみえて、実は、結構いいかげんな父にしては
かなりがんばって、計って記録してくれてたんだなぁ

改めて、そんなことを思っています。

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ルチは、もともと食が細いことと、好物があまりなく
あっても、すぐ「流行」が来て、立ち去ってしまう、
そんな性格だったこともあり・・・

スケールに乗ってもらうのに、食べ物でつることも
できず、乗せておだてても、全然ダメで・・・

スケールに乗るまで、本当に、数ヶ月かかったんですが
それ以降、亡くなる日の前々日まで、よくルチも我慢し
乗り続けてくれたものだと思います。

↓は、亡くなる前々日までの
記録でストップしてるページ


毎日、父なりに、自分は「ルチの体重はかりの係り」と
思ってくれていたので、そりゃ熱心に計ってくれてたのに

どういうわけか、亡くなる前日は、
測定し忘れてたらしく・・・

父が、ルチを寝せてから「ありゃ、計りそびれた」
って、思い出したそうです。あとから思うと・・・

なんでそうだったのか、分からないことというのは
人生でも、何度となくあることですが・・

父は「一度寝せてしまってるので、起こすのも
かわいそうだし、元気もあったし、食欲も。
明日、ちゃんと計ってあげよう」と思ったそうで。

(私も亡くなる前日のゴハンチェックはしましたが、
体重は、たぶん、減ってなかったように思いました)


かりに、この日に、体重を計ってたからといって、
亡くなることが避けられたかどうかは分からないけど

いつもやってる事を、し忘れてしまった次の日のこと
だったこともあり、ルチが亡くなったあとの父は・・

二言目には、私に「ごめんね」と謝るばかりで、
私こそ、本当に胸が痛かったことを思い出します。


他にもいろいろ後悔はあるけれど・・・

こういう後悔は、なるべく少なくできたらいいな。

--------

ちょっとしんみりしてしましましたが・・・
(すいません)

スケールに、ルチを乗せようと、日々格闘してた父の
「こら~っ!るっちゃん、動かない!!」って・・

はたからみると(聞くと)、とても楽しそうな
そんな日常が、とても懐かしく、いとおしく
思い出される、今日この頃だったのでした。

2008年11月14日金曜日

ルチとバックの話

コザクラは、野生下では、木の穴にごろんと寝転んでる
こともある、という事をココでも何度か書いてますが・・・

木の穴に、どことなく似てるバックの中は、
やっぱり、ルチの中の何か呼び覚ますのか・・・

好きを超え、ルチは、バックが大大大好きでした。

どのくらい好きかを、私では表現しきれないほど
ですが、まぁ、新作(初めてみるバック)は必ず
ルチにチェックしてもらわなくてはいけませんし

(のかるて実家国へ足を踏み入れたら最後です。笑)

ちょっと高級(ルチの何かを刺激するタイプのバック)は
定期的に、中身を、ルチにみせなくてはなりません。

みせないもんなら、実力行使というのか、私達のスキを
ついて、勝手に(?)バックへ侵入してたり・・・
(本当に、こういう時だけすばしっこかった)

気に入らないと「ぎぎ~っ!」と泣いてダメなら
「きゅぅぅ~」って、今度は、甘え鳴き(苦笑)

いろいろもってる「技」を駆使して、ルチも
がんばっていたんだなぁって思います。

--------

そんな数々のバックの中でも、定期的に
チェックするバックが二つありました。

一つは、母のバック。そして
もう一つは、父のバックです。

(私のバックは、中身が中身だからなのか・・
あんまり人気なかったです。あっ、夫のも^^;)

母のバックは「ダメよ、るっちゃん、ダメったら」
って、掛け声がかかるので、探検したくなっていた
という感じもありましたが・・

どういうわけか、ルチの、父のバックへの執着は、
ものすごいものがあって、父が、バックの中身を
触るだけで、どこからともなく走ってきてたし・・・

触った箇所を、自慢のクチバシで、なぞるような
仕草をしたり、話しかけたり、はたからみてると

何かの儀式(?)みたいに、大事そうに、ルチが
遊んでいた姿が、目に焼きついています。

------
↓は、父が使わなくなったバックを探検中のルチ
(2005年秋の写真です)


そういえば、話は変わりますが・・・


以前、「るっちゃん、じじは、どこかな~?」って
父が帰宅してないことを知りつつ、そんな質問をルチに
してみたところ、ルチが、急に、とある場所へ直行。

あまりの高速ダッシュに、一緒にみてた、母もあぜん。

ルチが行った先は、父がいつもバックを
かけている場所で、どうやら・・・

「ココにバックがあれば、じじは帰宅してるっぴね」
と、学習していた様子で、これには、私達もびっくり。

その後・・・

父が、新しいバックを買ったので↑の古いバックは
処分されることになっていたんですが、あまりに
ルチが気に入ってたようなので・・・

ルチの遊び用に、父のバックかけにしばらくかけて
おくことにしました。でも、そうなると・・・

「おかしいっぴね。バックはあるけど、どうやら
じじは、いないっぴよ」って、不審そうな、ルチ。

やっぱりバックは好きだけど・・・

それ以上に、じじ好きのルチだったようです^^;

--------

バック話は、本当にいろんなエピソードがあるんですが
とてもうまく書ききれそうにないので、このあたりで。

天国にも、ルチが気に入りそうな、探検しがいのある、
そんなバックが、たくさんたくさんありますように。

-------
■おまけ■

バックほどではないけど、ポーチも好きでした。





ファスナー部分って・・・
何か魅力的だったんでしょうね^^

2008年11月13日木曜日

ルチとリモコンの話

ふと、あるエピソードを思い出したので、書きますね。

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ルチは、私が一人暮らしの時に一緒に暮らし始めたことは
すでに書いてますが、諸事情で、実家に戻る事になった時、
引越しの手はずの関係で、ルチを先に実家に帰しました。

実家に帰した、と書いたものの・・・

ルチにとっては、何度か、一緒に帰省したとはいえ
実家ではなく、新しいおうちだったと思うんですが

実家で、一緒に、インコズのお世話をしてきた母も
いたので、ルチにも、その事情をよく言い聞かせ、
しばらくの間、私と、離れ離れになったのでした。

-----
ですが、先に、ルチ欠乏症になったのは、私(たぶん)

ルチは実家にいると、頭でわかってても、家に帰った瞬間
どこからともなく、ルチの声がしたり・・・(幻聴?!)

家の中の、黄色の物体をみると、反射的に「るっちゃん?」
って思ったり、自分で、何度となく苦笑する日々でした(^^;


そんな私の清涼剤は、夕方、実家へ電話をして、母に
「今日のるっちゃん」の状況を聞き、そして、ルチの
生声を、電話越しとはいえ、聞けること。

自分で「るっちゃん、ママよ~」って言いながら、
電話越しじゃ、私の声なんて分からないだろうな

って、どこか、寂しく思っていたんですが・・・


とある日の夕方、ルチを放鳥し、そろそろ、私からの電話が
かかってるな時間だなと思い、母が、ルチをみてみると・・

ルチは、真剣な顔して、テレビのリモコンに、クチバシを
こすり、熱心に話しかけてる様子だったそうです。

そんな光景を見た、母は「ん???」って思った
そうですが、どうやら、ルチの中では・・・

「この黒い物体の中から、ママの声がしたっぴね」
と思って、話しかけてるらしいことが判明しました。

ルチったら、そんなこと考えてくれてたんだぁって、
電話越しに聞き、思わず、じーんときちゃった私
でしたが、どうして、リモコンかというと・・・

当時の電話の子機と、リモコンは、確かに
そう言われてみると、そっくりだったし

夕方、電話がなると、必死にリモコンへ走って
いって、同じように話しかけていたらしいので、
ルチは、どうやら、リモコンを子機だと勘違い

してたようです^_^;

・・・そんな、そそっかしいところも
やっぱり、大好きよ、るっちゃん(笑)

-----

その後、私が実家に戻ってきて・・

電話も代が変わって、子機も変わって・・・

携帯が普及してきて、いつのまにか、
ルチも、リモコンに話しかけるなんて
しなくなっていたけど・・・

そんな時代を感じさせる、エピソードがいっぱい
あります。今思うと、すべてが、宝物なのかなぁ。

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↓は、弟の携帯撮影分の、うとうと、るっちゃん。





ちょっとボケ写真だけど・・・
ちょうど、今時分の、二年前の写真。

天国でも、ぬくぬく、ニコニコで
過ごせてるといいなと、思います。

2008年11月12日水曜日

ルチごま

私も、そして、ルチも大好きだった、ごま(胡麻)。

世間一般には・・・

「いりごま」と呼ばれている「ごま」を、
実家では「ルチごま」って呼んでいます。

パッケージには当然「いりごま」って
表示してある訳ですが・・・

実家では、今も「ルチごま」の名称のままです(笑)

-----

ルチが元気だった頃、よく聞いてもらってたこと。

それは・・・

「るっちゃんは、何を食べてるんですか?」
「何食べたら、そんなに長生きできるんですか?」

ということでした。

るっちゃんには悪いけど、るっちゃんの好物を
そのまま書いてしまうと、「えっ~!!」って
皆様に卒倒される事になってしまうと思うので

すべてそのまま書けないのですが・・・

(ルチが若い頃と、今では、そのあたりの
常識も違ってきてますし、ご勘弁を^_^;)

ごまは、偏食が多かったルチが、いつも変わらず
好きだった数少ない品目の一つだったと思います。

-------

私は、個人的に、いりごまより、すりごまの方が好き
だけど、ルチは、クチバシでする(?)方がよかった
ようで、いりごまの方を好んで食べておりました。

ルチが、そばで、いりごまを食べてると・・・

どこからともなく、かすかな胡麻の香りがたち
(小さな小さな、そんな香りの波ですが)
ルチ臭+胡麻の香りの、異空間的ミックス香に
酔いしれたことを、思い出します(笑)

ルチは、小さいけど、クチバシですると・・・
ちゃんと匂いがたつんだなって感心したり^^


そうそう、本人(ルチ)は、すりごまが入ってる袋
そのもの自分の!って、思ってたようで・・・

母が、いりごまを、黙って(?)使おうとすると・・
「ぎぎ~っ!」って抗議したりしてたしねぇ(笑)

(使う前に「貸してね」と断った上、袋に手を伸ばすと、
「ぴっ!(いいよ)」ってそぶりで、許可が出てたけど
それなら最初から気前良く?!貸してあげればいいのにね
と、ルチの心の狭さを、家族間でよく笑ったものです^^;)

-----

先日の実家の母との会話で・・・

「Kanna、その、るっちゃんゴマとって」って頼まれ
「はい、ルチごまね」って、返答する私。

言葉なんて、ある種の流行なところもあるかもだし
ルチの写真を、孫(私の娘)の写真を並べて大事に
飾ってる実家ですら、いつか、ただの「ごま」に

名称は代わっていってしまうかもしれないけど・・・

実家の生活の中に、たくさんたくさん、今も
「ルチ」という形容詞として生きてることが

たくさんたくさん愛された証なのかな・・・。

ルチの単語を耳にするたび、どこか誇らしい
気持ちになる、私だったのでした。

------
↓は、苦手な、お野菜を食べるルチ

(2007年初夏頃撮影分)

天国では、お野菜とごまの比率が・・・
1:2くらいになってるといいね^^

2008年11月11日火曜日

進め!進め!

今のルチへの気持ちを書いてます。明るい内容では
ないので、苦手な方は、スルーしてくださいね。

------

ルチが、亡くなってから、あと数日で
人間で言うところの「49日」になります。

よく親しい人を亡くされた方が、49日たって、
「本当に亡くなってしまったんだな・・・。」
って、ようやく心の底で納得すると聞きますが

頭では分かってても、どこか、まだ受け入れられない
そんな気持ちのスキマを埋める為に必要な時間・・・

それが、ある意味、49日くらいなのかもしれません。

-----

これを書いているのは、1月28日ですが・・・
九州北部は、本当に久々の晴天です。

天気予報だと3月上旬並みの温かさになるとか。

こんなときは、できれば、ルチ臭をかぎながら
実家でのんびりしたいところだけど・・・

天国まで、るっちゃんを、お誘いにはいけないもの。

だいぶ、心も復活したはず!と、自分で思ってても
やっぱり、会いたいのに、会えない、というのは・・

時間がたっても、辛いものだなと思います。

-------

でも、それでも時間は、一方通行。

時間が、最高の妙薬と言われるように・・・

どんなことがおこっても、前向いて、進むしかないし
それは、生きてるものの、亡くなったものに対する、
最大の恩返しなのかなとすら、思います。

悲しいより、ありがとう、のバンソウコで蓋しなくては。


涙がぼろっと出た時には、よく、
ルチがなめてくれてたけど・・・

(たぶん、涙が塩っ辛くて、ルチの
お好みだったからだと思うけど^^;)

今じゃ、なめてくれるコもいませんし・・

(テテ&キキも、ナメナメ候補生ですが
まだまだ技術不足なので。練習してね^^)

涙をふいて、前向いて、進まねばと思います。

-----------
■おまけ■その1

ルチ臭を嗅がれてる、るっちゃん。

(昨年の節分頃の一枚)


嗅がれてる方は、慣れたもの。
ばっちりカメラ目線でした(^_^;

■おまけ■その2

同時期のアップしてない動画をみつけました。

ルチが前に、ずんずんと歩いて(走って)きて、
私の手に乗る(乗せられる)までの動画です。

ただ、走ってくるだけの動画ですが・・・
よかったらみてやってくださいませ♪








↑で見れない場合は・・・動画はこちらへ

2008年11月10日月曜日

テテとルチ

テテをお迎えしようと決めた時、お迎えする前に
実家に、その旨を報告しました。がしかし・・

母からは「るっちゃんがかわいそう」と一言。

要は、一緒に暮らさなくても、私の気持ちがテテに
行ってしまうと、そういうことは敏感に感じ取る、
るっちゃんなので、かわいそうと思ったようです。

父も、るっちゃんがいるのに、と、言いたいのを
こらえてるふうで、そのときは、さすがに、少し
気持ちが揺らぎかけたのですが・・・

ルチへの愛情も、今まで以上に持ち続ける自信もあったし、
何かある時は、テテも、実家に預けるしかないので・・・

テテの、お迎えについて理解してもらえるよう
両親に懸命に説得したことを、今も覚えてます。

懐かしいな、そんなこともあったっけ(笑)

-------

ずっと前は、ジャンボセキセイのピオキンくんと
ひと夏の間、一緒に暮らしたこともあった、ルチ
でしたが、基本的に自分はルチ!と思ってる訳で

初めて、テテと対面させたときの顔ったら・・・

「ややっ!インコが来たっぴ」って、警戒するわ
「ぎぎ~!(怖いっぴ~)」って、泣いちゃうわ

ずっと前の記憶は、どこへ行ったやら・・・

両親からは「やっぱり、るっちゃんが怖がってる」だの
言われ放題だし、その時は、ほんと困り果てました(汗)


なので、少しずつ、慣れてもらおうと・・・

週末に実家へ帰る時は、テテ連れで行ってみたり
両親にも「テテはこんなコなんだよ」って、情報
操作(?)してみたり、いろいろやりました。

当然、ルチにも、携帯の待ちうけや動画をみせ、
テテ慣れのトレーニングも、やったものです。
(もちろん、口頭での説得も^^;)


・・・ルチは、ともかく、実家には、ずーっと
セキセイちゃんたちがいたのに、ルチが実家に
来てからは、両親の中で「インコはルチだけ」

って、そこまでルチだけを、愛しつくしてくれてたんだと
半ばあきれてしまうばかりの私だったのでした(苦笑)

-------

一方のテテは、最初こそ、猫かぶってた
感じで、ずいぶん時間はかかったけど・・・

かなり、実家にも慣れてくれました。


昨年夏に、実家ステイしてた時には・・・

(↓は、そのステイ中の写真)


実家っこである、ルチとの立場が逆転したというか
及び腰のるっちゃんを、テテがおいかける展開。
(イジワルしてるではなく、興味津々という感じ)

しかも・・・

ルチのゴハンを、わがもの顔で食べ始めたから
実家家族から、テテは非難轟々・・でした(汗)


「オレ様のゴハン食べるなんて、よくないっぴね。
でも、るっちゃん心が広い?!から、許すっぴよ」

最後まで、仲良くなったとは、いえなかったかも
しれないけど、テテなりに、ルチに一目置いてた
ような、そんなそぶりをすることが多かったし・・・

テテなりに、実家の雰囲気を、どこかで感じ取って
ルチに敬意を称してくれてたのかな?と、都合よく
思ったりしています。テテちゃん、ありがとね。

--------

全く余談ですが・・・

こんなこと書くと、セキセイ愛好家さんに怒られそうですが、
うちの父が、ぼそっと、テテを見て、それからルチを見て
つぶやいていた一言を、私は聞き漏らしませんでした。

「テテちゃん、鼻の穴がこっちむいてるね~」
(テテは、不思議そうに、父を見つめてました)

「るっちゃん、品はないけど、鼻の穴が隠れてる分
テテちゃんより、上品にみえるかな。ははは」

聞いた私は、???って、感じでしたよ(^^;

要は、「ルチが一番かわいい」と、素直に言えない
だけの話ですが、いやいや、テテもかわいいってば。

ストレートに「るっちゃん、かわいいね」って
言えばそれでいいのに、テテも、そんなふうに
言われて、迷惑そうで。ごめんね、テテ(苦笑)

--------
↑の、補足ですが・・・

父なりに、テテ、そして、キキのことは大事に思ってて
実家にステイしてた時は、そばを通るたび、話しかけて
くれてたし、放鳥時もしっかり相手してくれてました。
(テテ&キキからも、父は大人気でした^^)

でも、どんな鳥さんが来ても、一番は、ルチ!
ということだったのだと、思います。誤解を
与えるような書き方で、すいませんでした。

--------

と、何を書きたかったのか、
分からなくなっちゃったけど・・・
(↑いつものことだけど^_^;)

テテをお迎えして、やっぱりよかったと思うし、
どこかで、テテとルチは、通じ合ってのかな?!

そう思うところも、いろいろ見受けられました

ルチ自身も、いやいや言ってても、ほんとのとこ
そんなに悪い関係でもなかったと思うけど・・・

もっと違う形で、仲良くさせてあげられたら
もっともっとよかったのかな、と、どこかで
そんなことを思う、今日この頃です。

ずっとあとになって、テテが、天国へ行った時には
どういう会話をするのかな?と、想像してみると、
こっそりその会話を聞いてみたいなと思うのでした。

2008年11月9日日曜日

キキとルチ

テテをお迎えする時の、実家の様子は、
ひとつ前に書いていますが・・・

それに比べると・・・

キキの時は、実家の両親も呆れてたというか、
とめても聞かないだろう的な態度だったので

反発(?)が少ない分、スムーズでした(笑)

それも、たぶん・・・

「コザクラをお迎えしようと思うんだ」と話したら
「それなら仕方ない」という態度になった事からも

キキを、スムーズに迎えられたのも、本当に
ルチのおかげ、という事になると思います(^^

--------

キキのお迎え自体の話は、以前にも書いたので、
詳細は、割愛しますが、一般に言われる・・・

高齢のインコだと、若いインコにイジワルされる

という方式が、あてはまらないとも限らないので
キキとルチを対面させるなら、早い方がいいかな

と思い、キキをお迎えして、数日で、まずは
善は急げ!と、ルチのとこへ連れて行きました。

(キキは、お迎えした際の資料によると、オウム病検査等、
OKだったんですが、この後くらいから、体調を崩した為、
しばらくの間、ルチ&テテとは、別部屋暮らしをしました)

------

実家国は、我がフィールドな、るっちゃんは、
まだ飛ばない、キキは、怖くないようですが

興味はあるものの、うかつに近づかない、用心深い
性格のため、ママ(私)手の上から、要観察中(笑)



テテが、飛んで、ルチに近づこうとすると、
プチパニックを起こしてしまったルチですが

相手が、ベビーだと、何と言うか・・・

「ルチ様が、いろいろ教えてあげていいっぴ」って、
いばってる風にみえるくらい、高飛車な態度で、
キキに話しかけていたのが、印象的でした。


世の常を、いろいろ話して聞かせるルチ↓

↑そして、それを聞いてる、キキ

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キキが、このあと「病気の疑い」のため(症状はあったので)
しばらく、ルチや、テテと、一緒に過ごせなかったためか・・

このあと、ルチとあった時は、完全に形成が逆転してて

キキが、ルチをいじめることはなかったけど、
飛び回り(ある意味、当たり前なんですが・・・)
ルチは、キキに、すっかり怯えてしまったので

一緒に遊ばせることができなくなってしまったけど

(キキには悪気もなく、それどころか遊んで欲しいから
そうしただけだけど、ルチは飛べないから、そうやって
近づかれると「襲われる」感覚なんだろうなと思います)

産後、実家に帰省してる間、別部屋で
赤ちゃんと過ごす私の耳には・・・

ルチと、互いに呼び合う、キキの声が入ってきました。


何の話をしてたんだろ~?すごく興味があったけど、
おそらく、友好的な会話(らしい)をしてたような
そんな気がします。

ルチは、自分に飛び掛ってこられなければ・・(苦笑)

キキのこと、たぶん、キライではなかったと思うし、
離れて話す分には、よかったのかな?


その会話を交わして以降・・・
そして、ルチが亡くなって以降・・・

ウソみたいな話ですが、キキのふるまいが、
びっくりするほど、ルチに似てきました。

いや、ルチはルチ、キキはキキなんですよ。

(キキには、ルチのマネではなく・・・
キキらしくいて欲しいと思ってますが)

でも、ふとした、キキのふるまいに、
ルチをみてるような気がする事があって

時々、ドキッとしてしまいます。

すごく不思議な話なんですが、そういうことって
ほんとにあるのかな?とか思ったりしてます。


毎度ながら、話が飛び飛びですが・・・

キキが、毎日元気でいてくれてるのをみるたび、キキを
お迎えできてよかった、そして、そのきっかけを作って
くれた、るっちゃんに出会えて、本当によかった。

そう思っています。

コザクラ万歳!
(もちろん、セキセイも、他の小鳥さんたちもね^^)

キキと一緒に、コザクラ布教の会を、今後とも
細々(?)ですが、続けていけたらと思います。

2008年11月8日土曜日

ルチの聴力

キキと一緒に暮らしてても、そう思うのですが・・
コザクラは、特に、耳がいいのではないかと思います。

セキセイの耳のよさとは、何か違う気がするというか
相手が、小鳥や、人間でなくても、よく聞く特定の音
については、記憶と、それに関する事項を理解してる

そういう意味で、耳がいいような気がします。

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ルチの場合でいえば、例えば・・・

私の車の音を覚えてて、それが、車検に出していたり、
車を替えたりしても、数日もすると「あの車の音は、
ママの車の音だっぴ!」と覚えてしまったり・・

(その車の音がする=ママが降りてきた、
たぶん、そういう構図かなと思いますが)

スリッパの音とかも、スリッパを替えても、数分も
たつと、すぐ、それが誰の足音であるかを理解する

(相手によって、鳴き方を替えていたので、
たぶん、そういうことなのだと思います)

そういう、仮定→期待、を含んだ意味で、耳がいい、
ルチの聴力には、ただ「聞こえる」以上に、そういう
すごさがあったような気がします。


もちろん、こっそり帰宅したり、少し戻ってきただけ
だったりしても、ぜーんぶお見通しだったので・・・

ルチにウソは通りませんでしたけど(^_^;

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でも、そんなルチにも、唯一、苦手とする
音の聞き分けがあったんですよ。

というのも、父の声に、本当によく似た
父のすぐ上の兄(つまり、伯父の声^^;)

娘の私が聞いても、遠くからだと・・・

「あれ、父かな?○伯父さんかな?」って
思うほど、よく似てたので、年に数回来る
○伯父さんの声がするたび・・・

ルチが、何度も、何度も、伯父の顔を見て・・
声の主を、しつこく確認するのが印象的でした(笑)

たぶん・・・

「じじの声?と思ったら、じじ、じゃなさそうだっぴ。
でも、下から見あげると、じじとお顔も似てるっぴ。」

と、思っていたのかも。

(実は、顔もよく似てるのです。苦笑)

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○伯父と、父以外の聞き分けなら・・・

こんなふうに、本越しでも、ちゃーんと
100%近く聞き分けられる、るっちゃん↓



いろんな音を聞き分けられる、すごい能力が、
もし、トレーニングで、できるとするなら・・・

私も、ぜひ、弟子にしてもらって、その技を
ルチに、教えてもらっておきたかったな~

と、今も、悔いているところです(^_^;

2008年11月7日金曜日

森の熊さんと合いの手

少し時間が空いてしまいましたが・・・
また、こっそり書いております。

どなたも気づかないかもしれませんが^^;

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ルチがいなくなって、75日と少したちました。

なぜ、75日なんて書いたか?というと・・・
『良きも悪きも75日』『世のとりざたも75日』
『人の噂も75日』などと、言うからです。

(フツーは、悪いことに使うようですが、人の気持ちの
ある程度の変化を示す期間とも、言われてるようですね)

以前、ルチがなくなったことを、ある方へ報告したとき

「きっと、75日たつと、今とは違う気持ちに
なれてるから、大丈夫」と言ってもらった事が
あって、実際、その時期に到達して思うには

悲しいより、もっと、温かい気持ちで、ルチの
ことを思い出すことができるようになりました。

いや、正確には、物事を書く時、話す時に・・・

過去形にせざるえないのが、今でも、
イヤだなぁって思うし・・・

(これって、るっちゃん好きだった・・・よね?、
って、好きだよね?って言えないのが、ですね)

まだ、何か受け入れられてない部分も存在してるけど

もっと自然に、ルチのことを、考えられるように
なってきたのは、それはそれで、ルチも、許して
くれるといいなぁと、勝手に思ったりしています。

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前置きが、ずいぶん長くなってしましましたが・・・

先日、赤ちゃんがワーワー泣いた時、ふ
と口から出てきたのは、森のくまさん(笑)

実は、これって、ルチが大好きな歌で・・
(と、私は思っていて)

「あるぅひ・・・(この間に、合いの手「ぴきっ!」が入る)
もりのぉなかぁ・・・(「ぴきっ!!」)と言った具合に…

よく合間合間に、鳴いてくれていたものです。

セキセイみたいに、歌ってるという感じではないけど
かけあいみたいに、私の速度に合わせて、私を見て
そして、歌を聞いて、応じてくれる。

今思うと、すごく楽しい時間だったんだなぁって
合いの手式鳴き声を、そんなふうに思い出します。


あと、好きな音楽というのが、いくつかあったんですが
それは、テテやキキに聞かせても、そして、赤ちゃんに
聞かせても、だいたい、いい路線をいってるようで…

実家では「るっちゃんが、好きだったものって、
だいたい、テテ&キキ、赤ちゃんは好きだよね」
って、定説になってるくらいです(笑)

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これから、童謡を、歌う機会も増えるかもしれません。

そのたびに、元気に「ぴきっ!」って、合いの手を
入れてくれていたルチを、温かい気持ちで思い出す
ことになるんだろうなぁって、思っています。

2008年11月6日木曜日

「父とルチ」その1

父とルチのこと・・・

いざ書こうとしても、どこから書こうか
とてもうまく書ききれないような気がして、
なかなか、これに踏み切れなかったんですが

それなりに、私の中で整理がつけば、それでいいかな
と思ったので、重い腰をようやくあげたところです。

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何度か、ブログの端々に書いてきましたが・・・

父とルチが会ったのは、随分前でしたが、
(一人暮らしをしてるところに、両親が遊びに来た時に
「会う」そして、少し「遊ぶ」くらいはしてましたが)

実際、父がルチとコミュニケーションをとれるように
なってきたのは、ルチが実家に帰ってきて、それから
数年後の事でした。

これまで、インコちゃんがたくさんいた我が家(実家)

父は、もともと動物が好きなようですが、インコズに
積極的にかかわるという訳ではなく、少し距離をおき
時々あそびに参加する、という程度だったので・・・

ルチが帰ってきた時も、私も母も、そういうもんだろう
と思っていたわけです。つまり時々は相手してくれても
積極的にかかわることも期待してなかったし・・・

ルチも、実家に帰ってきた時点で、4歳すぎていたので
成鳥が、そんなに懐くことも、期待しないほうがいい

と、そんなふうに思ってました。

---------

ところが、何がどうなるか分からないのが、今日。

ルチが実家に戻ってきて、数年間の実家は、父の仕事に
大きな変化が起こったり、母の仕事は、多忙を極め、
私も新しい仕事を開始し、弟も、就職活動に忙しく

そんな状況の中・・・

いつもルチのことを気になりつつ、ルチと一緒にいる
時間が十分とれないことに、いつもイライラしてたし、
その影響もあってか、ルチも毛引きが再発するし・・・

今、思い返すと、あのときが、一番バタバタ
していたような気がします。

(あのときは若かったじゃないけど、今なら、もうちょっと
要領よく乗り切れたかもしれないなぁとも思いますが^^;)

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結局、少しバタバタがおさまってみれば、一番、家にいる
時間が長くなっていたのは父で、どういう経緯を経たのか
聞いても、はぐらかされるだけでしたが・・・

半年、いや、一年以上をかけ、父は、じわじわと
ルチとの仲を縮めていったものと思われます(笑)

たぶん、特別なことというより・・・

ルチに話しかけたり、一緒に音楽を楽しんだり、
(父は、趣味でトランペットやピアノを少々)
そういう「共有」する時間が、常識では難しい

成鳥とのパートナーシップを実現させたのかもしれません。

正確には、パートナーじゃなくって、母も言ってたけど
ルチにとっては、父(じじ)は、家来?!みたいな位置
づけにみえてたんだけど、それは、内緒ってことで^^;

------

最初から、もちろん、ルチが父に懐いていたわけじゃないし
手に抱っこされるなんて、随分あとになってからのことで

父が仕事に行くと、寂しそうに泣いたり、後追いしたり
父が帰ってきてないか、父のバックのありかを探したり

というのは、やはり仲が随分狭まってきてからでしたが

本当に、インコ好きの方がびっくりするほど懐いてたし
インコおたくじゃない、父の事なので、かえってルチの
ことも、人間の子供みたいに接しようとするので・・・

(母が、子供=つまり私や弟、にも、そんなに
しなかったのにね、って苦笑いするくらい^_^;)

一人前(一鳥前)に接してくれた、父に対して、ルチも、
愛情を感じてくれていたのかな~、って、思っています。

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去年の夏、父にだっこされる、ルチ↓

(微妙ですが、一応、カキカキシーンです)

また、続きは、後日書こうと思います。

2008年11月5日水曜日

「父とルチ」その2と、15回目のバースデー

で、いろいろ書きたい事、頭からいったん
取り出して、書き残しておきたい事・・・

本当に、いろいろあるんですが、これを書いてる日は
実は、ルチの仮想の誕生日でもある、2009年3月15日。

しんみり話を、書くのはやめておこうと思ってます。

その1を書いてしまったので、つい、その2と
続けてしまいましたが、父と、そして父の中に
今も、しっかり生き続けている、ルチのことを

ほんの少し、書いておこうかなって思います。

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で、さっきも書いたように・・・

本日は、ルチの15回目のバースデー。

主役が不在なこともあって、今回は、お誕生日ムードも、
ケーキも、何もなかったんだけど、それは、ルチに対し、
愛情がなかったわけではなくて・・・

ちゃんと胸の中で、しっかり、ルチの存在を感じて、
大切に思ってる気持ちを再認識し、そして感謝する、
そういう意味では、毎年と同じ気持ちで過ごしました。

いつもは、それに「カキカキ奉公」があったんですが
ブツブツ文句言ってたふりしてたけど、本当は、ルチ
以上に、私が癒されまくっていた、カキカキが・・・

もうできないと思うと、改めて、寂しさを感じずには
いられないところです(しんみりで、ゴメンナサイ)


でも、ルチを知る人が、この世に生き続ける限り、
私達の胸の中で、ルチはずっと生きていられるし

といって、それが何になるの?って言われると、
私も、本当のところ、答えに窮してしまうけど、

生きてるっていうのは、生身の体とは違うレベルで
人の心の中にある事を言うのなら、それも一つかな

とか、そんなことまで考えてしまった今日のこの日。

来年は、もう少し、大きな心で、もっとたくさんの
感謝の気持ちで、ルチの事を思い出していられると
いいなと、そんなふうにも考えた日でもありました。

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で、今日も、父との会話の中に、やっぱりルチが
元気に過ごしてて、それを笑顔で話せてて・・・

フツーに会話の中に、今も、しっかり出ています。

こんなに大事にされてたなんて、ルチが聞いても
きっと、少しくらいは、ありがたかってくれると
・・・いいなぁって思うけど、ルチに言わせると

案外「あたりまえだっぴね」の一言かもだねぇ^^;

---------

孫ちゃんである、私の赤ちゃんの写真を、ちょこちょこ
撮って、写真たてに飾って楽しんでる、両親ですが・・

(しかも、数日毎に、交換してるんですよ。親の
私には、そんな余裕もなく、スゴイの一言。苦笑)

その横には、カメラマンである、私のいとこが
数年前に撮ってくれた、ルチの写真が、今も
しっかり飾ってあります。

うちのみんなをしかと、見守っててくれてるのかな。

いろいろ思う事が、散漫してますが・・・

どうしても、ルチの誕生日に書きたかったので、
そのままアップしようと思います。

話が、二転三転と、大変読みづらかったと
思いますが、どうぞ、お許しくださいませ。

2008年11月4日火曜日

リバビリの理由について考えました

ちょっと一息というほどではないけど・・・

リハビリを書く理由について、考えてみました。
全く個人的な話になりますので、ご多忙な方は
迷わず、スルーしてくださいね。

↓は、ブレークタイム中(?)の、るっちゃん。

(2006年12月撮影)

-------
ブタイウラを書き始めたのは、どうしても若いテテと比べると、
話題に薄くなりがちなルチの事を、もっと、沢山書きたかった事、

という話を以前書いていますが、それ以上に、あわよくば・・
そんなルチを、皆様に知ってもらえるなら、もっと嬉しいな

という、欲があったような気がします。


時は流れ・・・

テキトウな性格も災いし、何のブログなのか、ごった煮みたく
なってしまい、今に至ってしまってました。自分の、極小さな
こだわりとして、ルチの記事は、テテ&キキより多いけど・・・

少しでも、ルチの魅力が、皆様に伝わったんだろうか?

と、自問したくなるくらいです。


でも、いつかは、その日がくると知ってたけど・・・

どこかで、その日が、延々に来ないで欲しかったのは、
当然、ルチとのお別れの日。

これを書き始めた付近は、かなり体調を崩してた、
ルチだったけど、書いてるうちに、私自身の気持ちも
少し落ち着いてきてたし・・(書くってすごい事です)

その効果もあったかどうかは、分からないけど、ルチも
体調が持ち直して、そこから一年半近く生きてくれた。

書いたから、ルチが回復したとか、そんな宗教観は持ち合わせて
ないけど、もし、そう願うことで、ルチが本来の寿命より長生き
できてたとするなら・・・お世話係冥利につきると思います。

そんなことあるわけないかもだけど、
そう思えたら、少しは楽かな。。。

---------

若い頃のいろんな話や、気持ちは、その後の人生に
強く影響を与えがちだといいますが・・・

時期的に、ちょうど私が、大人の入り口で、右往左往してた
頃から、今に至るまで、ずーっとルチが傍にいてくれました。

本当に、長い間、見守ってくれてたんだなぁって
改めて、感謝、その一言です。


人生には、ふいに転機が訪れることがあり、
たいてい、しばらくたってから「あ、そうか」って
気づく、そんなタイムラグがあるもんだと思うけど

今回のことも、ルチが命をかけて、教えてくれた事って
何だろう?私は、何を学ばなくてはいけないんだろ?

そんなことを思ってるところです。


うまく書けませんが・・・

ルチに見守ってもらってる、そういう自分を卒業し、
独り立ちしなくてはと思う、そんな気持ちというか

本来は、逆の立場のはずですが、私には
そう考えるほうが腑に落ちる気がします。

ルチから、笑われるかもだけどね(^_^;

--------

ブログを通じて考えたこと、そして、これからのこと
もう一歩踏み込んで、自分の中で、バランスを取って
いけたらいいな、と、思ってます。

これから、自分の時間は、どんどん減るだろうし、
(↑は、育児という大切な時間に使うなら本望ですが)

しばらくは、自分と向き合う時間は、今以上に持てない
かもしれません。ルチがくれた、この15年弱の時間を
ふりかえることは、たぶん、今しかできないことで・・・

私にとって、すごく大切なことなのかな、思います。


何で、コノ人(私の事)えんえんに、リハビリ記
書いてるんだろ?って、たぶん、思われてる方も
いらっしゃるんだろうな、って思っていたので…

自分なりに、そのことについて書いてみました。

長くなりましたが、最後まで、
お付き合い下さった方(がいらしたら)

読んで下さってありがとうございました。

2008年11月3日月曜日

最後の写真撮影

ルチとのお別れの日のことを書いてます。

しんみりしてしまうかもなので・・・
それでよかったら、ご覧下さい。

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ルチとのお別れの日の記憶は、どこかで
ストッパーがかかっているというか・・

10日ほど前のことだし、はっきり覚えてるけど
あまりに悲しいことは、今は、私自身、どこか
曖昧にしか思い出したくないのかもしれません。

まだ、温かいルチを抱っこしてて・・・

号泣しながらも「ああ、生きてないと、カキカキ
しても、羽が元に戻ってこないんだな」とか・・

ルチの色と思っていた、肌の色が、そこに血が
通っていたから、そんな色だったんだな、とか

悲しいのに、そんなことを思うなんて、変ですが
現実を、とても受け入れたくないけど、どこかで
これが事実であることから、逃げられない・・

そんな気持ちだったのかもしれません。

--------

かなり長い時間、抱っこしていたので・・・

だんだん、ルチが冷たくなってきたのに、
気づく余裕すらなかったのですが・・・

母から「るっちゃんとお別れする前に、最後に写真
撮ってあげたら?」と言われ、撮った写真があります。


たぶん、それを見ると、号泣してしまいそうだったので
しばらく見ることができませんでしたが、今日、改めて
それをみてみたら・・・

涙は出るけど、それ以上に、ルチの優しい顔に
なんだか、とってもほっとしました。少しだけ
後悔が薄れ、ちょっとだけ楽になれました。

撮ったのは、私だったので、そのときも、ルチの顔
見てたつもりだったけど、涙で、視界がぼやけてて

しっかり目に焼き付けたつもりだったけど、実際は、
ちゃんと直視できてなかったかもしれません(苦笑)


死に顔って、いろいろ言いますよね。

ルチも、いろいろあったし、心の中で、どう思っていたか
本当のところは、私には、分からないけど・・・

皆様にも、できればみていただきたいと思うくらい
本当に、やわらかな笑顔だったのが、救いでした。

まるで、楽しい夢でもみてるかのようで・・

-------

さすがに、その写真をアップすることはできませんが、
最後の最後まで、本当に、親孝行してくれて・・・

ありがとう。

そんな気持ちで、いっぱいになりました。

2008年11月2日日曜日

ルチが眠る場所

今から、一週間ほど前に書きましたが・・

こういう内容をアップするのも、どうかな?
と思ったりして、アップできずにいました。

でも・・・

それも含めて、私の思うルチの記録なので、
(↓は、ルチのお墓の話ですが)
よかったら、お付き合い下されば幸いです。

---------

歴代のインコちゃんも、実家の庭に眠ってるのですが
両親とも話し合って、歴代のインコちゃんたちとは、
少し離れたところに眠ってもらうことにしました。

たぶん、自分の事、インコだなんて思ってないし(笑)、
父や母が、よく通るところで、ちょくちょく話しかけて
もらえる場所の方がいいよね、というのが理由です。

どの木の下がいいかな、って、母と悩んでいたら・・

父が「いい匂いがするし、黄色の花が咲くから、
キンモクセイの木の下は、どう?」と提案して
くれたので、そうすることにしました。

---------
春の沈丁花(ジンチョウゲ)、夏の梔子(クチナシ)、
そして、秋の金木犀(キンモクセイ)と言われますが

花の色も黄色で、そこにいる(ある)だけで、圧倒的な
存在感を持つ、キンモクセイの下に眠るというのも、
ある意味、ルチらしいのかもしれません。

今年の花は終わってしまって、今、見上げると
こんな木々になっていますが・・・↓


来年の秋、自分の誕生日が来る、秋ごろには
いい匂いのキンモクセイが咲くことでしょう。

キンモクセイもいいけど、インコ臭、中でも
ルチ臭の方が何倍もいいんだけど・・・。

さすがに、それは諦めなくては(苦笑)

---------

うちは、クリスチャンではないので、十字架を
たてることはしませんでしたが・・・

墓石の代わりに、うちに、昔々からある、
火鉢(らしい)をおいています。


お花は、当然、黄色の花(この時は菊)

「こんな冷たくて、寂しいところは、いやだっぴ」
とか、駄々こねてないかなぁって、心配ですが・・・

体はなくなってしまっても・・・

ルチの存在感やぬくもりは、私や家族の心の中で、
ずっと生き続けていく訳なので、そんな駄々を
こねたりせず、ガマンしてもらえたらと思います。

2008年11月1日土曜日

るっちゃん、またね

ルチがなくなってから、家族と顔を会わせると、
たくさんのルチとの思い出話になるんですが…

改めて、家族それぞれの心にしっかり生きている、
ルチの存在感に、驚かされているところです。

今回のことは、確かに、あまりに
急で、突然に思えてたけど…

(その分、余計に心の準備が
できてないと思ってたけど)

家族と、たくさんの、とても話きれる量ではない、
ルチの思い出を話してて、思ったのですが・・・

それを認めたくなかっただけで、少しずつ、
ルチの老化は進行してきてた訳だし・・・

私や家族のため、段階的に、少しずつ、
お別れの準備をしてくれていたかもと、
都合よく考えたくなってきました。


若い頃から飛ぶのが得意ではなかったけど、
そのかわり、テケテケと床の音をさせ、
私や家族を追いかけてたルチ。

川にダイビングして、幸運に一命をとりとめたり、
落下して、骨折したこともありました。

数年前から、寝てることが急増したし、
以前と比べると、鳴くことも減ってきてました。

陣痛がはじまった時も、しばらく、カキカキを
してあげられないからと、痛みの間を縫うように…

せっせとカキカキしたことが、昨日のことのようです



今思うと、全然突然ではなく、段階的に、
お別れの為の、心の準備をさせてくれて
いたのかもしれませんが・・・

それに気づかなかった、自分を恥じるばかりです。


それでも今も思うのは・・

何が会っても、どういう状況になっても、
まだまだ長生きして欲しかったと思うし

自分なりに、ルチの老化を、少しずつ、時間を
かけて受け止めて来たつもりだったけど、まだ
私には、もっともっと・・・

たくさんの時間が必要だったのかもしれません。



いつも左手に抱っこして、右手で
ルチを、カキカキするのが習慣でした。

今も左手の手のひらには、しっかりルチの
感触やあたたかさが残ってる気がするし…

ルチのルチ臭も、しっかり脳に
記憶しておきたいと思ってます。


もっと生きてて欲しかったと、思う、
欲張りな気持ちは変わらないけど

長いあいだ、ほんとうに、
沢山の思い出をありがとう。

こころから、そう、ルチに伝えたいです。

そして、これからも、家族それぞれの心の中で、
ずっとずっとずっと、長生きしてちょうだいね。



るっちゃん、さよならは言わないよ。
またね、いつか会う日まで。

ずっとずっと大好きだからね。

2008年10月30日木曜日

テテ夜なべ仕事再び

毎月、似た話ばかりなので、こっちに書いてます。

----------

さて・・・

タマゴが済んで、抱卵も、随分手抜き(?)になって
きた、テテたん。となると、次が気になってくるのか
夜中になると、ゲージや、布カバー等、ガジガジ・・

うちでは、これを「夜なべ仕事」って呼んでます(-_-;


外に出てる時は、こんなふうに↓甘えるテテですが・・


おうち(ゲージ)に帰ると、木のパーツをクチバシで
はさんで投げ飛ばしたり(見てて、結構、怖いですぅ)

かと思うと、優しく抱き寄せたり、話しかけたり・・・
今は、まだ、気持ちがミックスされたまま、なのかな。


最近、眠りが浅~い私は、以前より、テテの夜なべ仕事で
目が覚めることが増え、余計に気になってしまいますが、
テテは、テテなりに「どうしてタマゴが孵らないっぴ?」
「次のタマゴちゃんの準備しなくちゃっぴ」とか・・・

たぶん、そんなふうに思ってるんでしょうから、テテの
気持ちを察すると、毎度、抱卵後、次のタマゴまでの、
この時期は、テテも落ち着かないんだろうな。トホホ。

(そもそも、タマゴをやめるという選択もあるんだが、
それは、選択しないというところがねぇ。号泣;_;)

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換羽も、まだ続いてるようで(今回は、ダラダラみたい)
頭が小さな「ごま塩」付みたいになってるのがかわいい
けど、その分、体力も使ってるだろうし・・・

ひとまず、少しでも心穏やかに過ごしてもらえるよう、
できることは、なるべく、やっておきたいものだと
思います。少しでも、タマゴ期間があきますように。

2008年10月23日木曜日

ルチの穏やかな日々

「のかるて」にも書いてますが・・・

秋になったわりには、温かい(暑い?)日が続いてる
せいか、ルチにとっては、穏やかで過ごしやすい日が
続いているようです(寒いのはダメみたいなので)

ご心配おかけしてた、白内障の進行も・・・

いっきに悪化するというより、ある程度進行したら、
少し小休止が入り、また、少しずつ悪化するような
そんな進行なのかなぁって、見てて感じています。

みえづらい生活であっても、ある程度、時間がたてば
「慣れ」ることができるようで以前より蛇行しながら
ですが、決まったとこに、以前よりスムーズに行ける
ようになってきました。

せめて・・・

このまま進行しないでくれるといいんですけどね。
(とか、思ってしまう、諦めの悪い、私。苦笑)

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本人も、不自由ながら、変化に慣れてきたのか・・
いつものような、ルチスマイル(?)も、出て
きたけど、彼の目的は、ただ一つ(笑)


「えっへっへ~。カキカキに早く取り掛かるっぴ♪」

そして、まんまと罠(?)に、はまる世話係り(爆)

ルチの羽って、光のあたりかたによっては、黄色が
こんな感じにみえるので↓、何となく、菊の黄色の
イメージな気がします。梵天模様に見える羽模様も
そう見えさせるのかな?(笑)



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余談ですが・・・

色といえば、先日、ガーナの民族衣装を並べてた時
ちびっこ用のスカートの上を、チェックしてたルチ。

全然、ボケ写真ですが・・・



なぜか、偶然(?)ルチのハチマキの色と、巻き
スカートのピンクが同じことに気づいてびっくり。



当然、ガーナになんて、行ったことはないルチですが
ご先祖様や、仲間たちは、そのガーナ近辺に、沢山
いる訳だし、こういうピンクが似合う鳥なんだなぁ、
と、ふと思ってみたり。

ルチの色をみてるだけで、いろいろ感慨深いものが
あるような、そんな気がしています。
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さて、そろそろ、出産も近づいてきた気がしますし
いつまで更新できるか分からないからか、これまで
以上に、意味不明の記事が増発(?)中ですが・・・

どうか、温かく見守っておいてくださいませ^^

2008年10月15日水曜日

キキの成長(?)



キキは、小さい頃、ものすごく甘えっ子だったけど、
その分、愛情に対して、すごく執着してるところが
あって(それは、当然といえば、当然ですが)・・

だからこそ、発情もすごいし、感情のブレもすごい
と、半ば諦め気味に見てたところもあったんだけど、
最近、少しだけ、キキの様子が変わってきました。

もちろん、甘えっ子のままだし、発情してしまう事も
多いけど(私の顔見るだけでスイッチが入る事も。涙)

私が、悲しい顔してると、何分でも見つめてくれたり
(ルチは、↑が得意?!ですが、キキは初めてでした)

そんな時は、発情もせず、ただずーっとカミカミして、
「ママぁ、大丈夫っぴ?」って、そんな表情や態度を
見せてくれるようになってきたのです。
(悲しい顔は、なるべく見せないほうがいいですが)

また、特に午前中は、ぼーっとしてるせいか・・

抱っこも抵抗なくさせてくれるようになってきたし、
前より、カキカキさせてくれるようになってきました。

気持ちいいというより、ママがしたいなら、ガマン
できるっぴよ♪って、とこがミソですけどね(^^;

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今のところ、うちで一番小さいので・・・
(もうすぐ、キキもお兄ちゃんになるけど^^)

いつまでも、ずーっと子供のような気がしてたけど、
キキなりに、状況を見て、いろいろ思ったり考えたり

してたんだろうなぁって、しみじみ。


ただ、夫には、相手してあげるのも気分次第ってところが
あるので、正直、私が不在の間、大丈夫なんだろうか?
って、すごーーーく不安もありますが・・・

それも、キキも、大人になってきたというか、キキの成長を
信じて「きっと大丈夫。私達の、キキだもの」って、思って
あげられたらいいなぁって、そんなことも思ったり。

どうでも的話でしたが・・・

最近、キキについて思うことの、独り言でした。

2008年10月5日日曜日

ポールぅぅぅ

前回のタマゴ以降、経過は、いいかもと思ってたけど、
今月に入り、シャッチー&ポールラブへ、テテが急変。

急変、というより、何か、発情スイッチが入ったものと
思われます。いいや、もともと、スイッチが完全に切れ
ないのが、タマゴ問題の根底にあるわけで・・・

なかなか、根本的解決というのは難しいですね。

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写真は、私達に対して見せる表情より、しおらしい
顔して、ポールと逢引しようとしてる、テテ(涙)





ポールについても、布で覆うなど、やってみた
けど、布のスキマでも、お構いなしだし・・・

木製ラックにしたら、今度は、カジカジしてしまい
本当の意味で「安全なラック」かどうか分からない
から、そのまま齧ってていいよって、訳にもいかず

(そもそも齧らせると、巣作りを促進しそうだし)

私の方こそ、テテぇぇぇ~、ポールぅぅぅ~、
って、心から号泣したいくらいですぅぅ(-_-;

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夫が・・・

「テテちゃん、ママの誕生日プレゼントにタマゴ
ちゃんは、いらないんだよ」って言うと、テテは
しおらしく「きゅっ♪」って、鳴くんですが・・

意味わかってもらってるんだろうか?(苦笑)

来週には、臨月に入る私としては、今回もテテが
自力でスムーズに、産卵できますよう、神様に、
お願いするしか策がないのかもしれません。

神様、どうぞよろしく、お頼み申しますっ。

2008年9月30日火曜日

笑顔のウラには・・?!

のかるて」のおまけのとこにも書きましたが、
テテが、ニコニコとゴキゲンな顔してる事が急増。



ゴキゲンな顔してて、嬉しくないはずはないのだけど、
最近だと、このあと「シャッチー(女の子ポーズ)」
になることが多かったけど、それもナシ。

バンバンザイ、ではないかと思われるでしょ???

でも、なぜか、私には、鼻をガブガブしたり、かと
思うと、べったり甘えてきたりと、甘辛いっぱい
な態度なのです(夫には、甘甘一色ですが^^;)


今回は、タマゴを産み終えた辺りから、ずっと夕方には
寝せるようにしてるので(早寝作戦を、延々続けてます)
もう、2週間以上になりますね。

夜、夫と会えないのは、淋しいかもだけど・・・

ここ半年くらいでは、何となく、タマゴの間隔があいて
くれるかも、と、すこーし期待が持てる感じかな。
(と、心から信じたいのだけど。どうかなぁ)


手探りのタマゴ対策は、まだまだ続きますが・・

そんな遠くない時期に、実家にみんなで移動になるので
タイミングよく(?)環境が変わることで、さらに、
タマゴ産まない期間更新となってくれますよう・・

どうせなら、いい方へ考えたいなと思ってます。

発情は途切れることなく・・・

あちこちに、書いてますが・・・

キキの発情は、すごいものがあって、生後半年位
から、ほぼ途切れることなく続いています(涙)

恋愛対象(?)の私の印象では、その発情度合には
強弱があるものの、基本的に、温暖なおうち生活を
満喫してるキキには、発情をお休みする理由もない
ようで、困ったものです。


テテと一緒に早寝させても・・・

オーストラリア原産のセキセイと、アフリカ原産の
コザクラでは、効果の出方も違うようで、今のトコ
早寝の効果があがってるようには思えません(-_-;

寝せてるはずだけど、とーっても耳がいいので・・

夫が帰ってくると「きゅいぃ~♪」って、お迎え声を
元気にあげてるし、私達の会話に乱入(?)してくる
こともしばしば(←ココがかわいいんですが。苦笑)


開き直って、発情してて何が悪い!!って、言われると
確かに、そういう面もあるかもしれませんが・・・

ルチと暮らした経験からいっても、度合いがすごいこと
そして、発情が強い分、感情のコントロールが苦手な面
があるのでは?と思うところが、より気になってます。

はて、どうしたものなんでしょうね。とほほ。


夫が言うように、テテ同様、実家での中期ステイで、
いい意味で、環境が劇的に変わる事が、結果として
いい効果をもたらしますよう、強く願うばかりです。

って、キキは、夫が懸命にやってても、ママ命な分、
夫が毎日お世話するだけでも、大変そう・・・
(さすがに、夫よ、ごめんなり)

出産が、だんだん近づけば近づく分、心配は募る一方
ですが、何とかなるはずと、信じなくてはと思います。

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写真は、テテねーたんの恋人(?)ポールの前にはだかる
キキたん。テテが、どうしてポールに夢中なのか???

たぶん、不思議そうに眺めてるんでしょうね~(^^;

届きそうで・・・

写真は、少し前の分ですが・・・

後ろ辺りを掻きたいけど、届きそうで、なかなか
届かず、イライラしてる、るっちゃんを激写(笑)





何とか届いたものの・・・

思うがまま、掻けたかかどうかは、微妙かなぁ^^;

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先週、体調を崩したとは思えないほど、今週に入って
元気を取り戻した、るっちゃん。

換羽もすごいのに、自発的に(←ココ大事)水浴びを
満喫し、今のとこ、ゴハンも、しっかり食べてる様子。


どうしても、調子が悪くなってしまうと、またぶり返し
がちな、そんなコンディションになってきたけど・・・
(これが、年のせいなのかもしれませんね)

まだまだ元気で、毎日を、ルチなりに、楽しんで、
過ごしてくれたらいいなぁって、思ってます^^

2008年9月27日土曜日

心配したんだよ

写真は、極楽カキカキコース堪能中のるっちゃん↓




↓で、症状も、落ち着いた・・・って書いたばかりでしたが、
実は、先週は、様子がおかしいところがあって、すごく心配
ばかりしてました(なので、ブログの更新も止まってました)

というのも、今から一年半前ほど、加齢による、神経痛で
苦しんでいた事があり、ルチのかかりつけ医も「加齢による
ものなので、もう治らないかもしれませんね。痛み止めしか、
出すことはできませんが」って、言われてた時の症状が・・

再発したかもと思われる症状が出てて、すごく、私自身動揺
してました。「もう治らないかも」と言われたのに一年半も
ほとんど症状がないまま、過ごせてた方が奇跡なのかも・・

と、思おうとしたんですが、目の前で、えっちらこっちら、
まっすぐに歩いてこれないルチを見てると、いろんなこと
考えすぎたり、なかなか精神的に参ってました(汗)

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また、タイミング悪く(?)実家には、来客が泊まってて、
自分の体も体なのに、ルチなりに、「おもてなし仕事」を
こなそうとしてるので・・・

楽しそうに見える反面、どうも来客がいなくなると、その分
がっくり疲れてるように見えるというか、「気疲れ」みたく
なるところがあって、さらに心配だったのでした。

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その症状が出て数日・・・

いろいろ、お世話に尽力した成果が少しは出たのか
(私の自己満足というか、気休めですが)
症状は、随分、回復。ひとまず、ほっとしました。

とはいえ、これでよくなった!って、喜ぶ前に、今後、
さらに注意しておく必要があると思うけど・・・

いつも以上に、家族総出で、お世話に奮闘!!

賢い(ずる賢い?)ルチは・・・

「そうだっぴ!もっと、るっちゃんの事大事にするっぴ」

って、思ってるようにすら見える態度で(←いつもこと?)
さらに甘え度を増し、さらにルチ街道をひた走ってます(笑)

いつもなら「いいかげんにしなさいよぉ」って言いたい位
だけど、元気でいてくれるなら、超甘えん坊るっちゃんで、
全然大丈夫って、すっかりルチの思うまま?!(^_^;

ひとまず、朝夕は、急に、秋めいてきたこともあり・・・

そういう、温度差が、例年以上に体にこたえると思うので
できることには限りはあるけど、なるべくのことは精一杯
お世話させてもらいたいなって、思っています。

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私の都合を押し付けるのは、間違ってるけど・・・
出産予定日まで、少しずつ、時間がなくなってきました。

世話係りに心配させるのも、「世話係り孝行」な面もある
かもしれませんが、今は、できることなら楽しい気持ちで
過ごせたらと思うので・・(いつもそうかもしれませんが)

なるべく心配させないでちょうだいね。その分・・・
みんなに、うーんと甘えてもらっていいからさ♪

って、勝手に思ったりしています。

どうしても、これからバタバタしそうなことが分かってる分
私自身、ルチのお世話を始め、不安に思う部分もありますが

大丈夫の呪文を、しっかり唱えておきたいものだと思います!

2008年9月21日日曜日

少し落ち着いてきました

おかげさまで、ルチも、少しずつ落ち着いてきたようです。
落ち着いてきたというより、正確には「見えづらい状況に
少し慣れてきた」という感じですが・・・

イライラも、いくらかおさまってきたようですし、
ひとまず、少しだけ、胸をなでおろしています。

やっぱり見えづらくなってくるストレスって、人間みたいに
理屈で説明できない分、余計に感じてたのかもしれません。

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たぶん、片方の目から見た世界は、ほとんど真っ白になってる
ようですが、もう片方は、まだ見えてる分かるようなので・・
(横向いて、人の顔、表情を、確認してる時があります)

不都合なりに、いろいろ工夫して、生活してくれてるのかな
と思います。生活場は、基本的に動かさないと決めてるので、
場所も、確認しながら、自分で動けてるので、ほっと一息。

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どうでもいい話ですが・・・

前にも書いたけど、どうしてだか、父(じじ)と夫には、
妙に強気な態度なのが見てて、おかしくてたまりません。

父も、夫も、「るっちゃん、おいで~」って手を出すと
本音では嬉しそうなのに「乗ってやるっぴ」って、態度。

↓は、私が、ちょっと用で席を外した時、周囲に夫しか
いなかったので、仕方なさそうに、ルチが、夫の手に、
乗ってきた時だそうです(^_^;





結構、くつろいでるみたいに、見えるけどね(笑)

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まだ片方の目は、光の加減ではフツーに見えるので、
ルチに嫌がられない限り、写真は撮っておきたいと
思ってます(フラッシュは絶対たきませんが)

写真の方向が、一方だけになってしまいますが・・・

(両目とも、白内障が出ても、ルチはルチだけど)

また、かわいく?!撮れたら、のかるてにもアップ
したいものだと思ってます。お時間がある時にでも、
よかったら、みてやっていただければ、幸いです^^

2008年9月16日火曜日

どうでも的お知らせ

またまた、どーでも的、本当にどうでもいい話ですが
8月の記事数を、できれば「ぞろ目」にした~い!!

って思ってたので、こそこそ記事を書き溜めてました。

もう、9月も後半に入ってるというのにねぇ(笑)

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「ママが、寝れないからって、夜中に、ブログを
こっそり書いてるのは、知ってるけど・・・」


「眠くても、昼間にゴロゴロしないで、テテと遊べっぴ!」

確かに・・・(苦笑)

夜中、ふと目が覚めて眠れなくなることが、最近
多くなってきてるので、夜中にこっそり書いてる
つもりが、同じく抱卵してるテテには・・・

バレてたのかもしれません(^_^;
(テテも、タマゴ期は、夜中でも、
ゴソゴソやってる事あるもんね~)

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8月の後半(特に31日分)のところに、適当に
追加記事を混ぜ込んでおりますが・・・

ほんとーーーーに、中身はうすーいので、お時間が
あって仕方ない方が、もしもいらっしゃるようなら
みてやっていただけましたら、幸いです。